花盛りの被験体
第一章
1



 都心から少し外れたところに、その女子大はあった。
 生物学のゼミに所属する五人の女子学生が、大学の保健室に向かって廊下を歩いていた。すでに午後の八時を過ぎているので、管理棟の廊下は薄暗く、並んでいるどの部屋にも人の気配はない。
 
 お喋りをしながら歩く五人の中で、ひときわ容姿の目立つ学生がいた。
 桜木奈々子だ。
 つやつやとしたストレートの黒髪を、後頭部の低めの位置でポニーテールに結んでいる。ゴムで束ねたその髪は、肩の少し下まで、しなやかに垂れていた。
 くっきりとした二重まぶたの大きな目。個性的で小気味よい目鼻立ちをしている。二十歳という年齢に相応しく大人びだした顔立ちと、幼げなポニーテールの髪型との微妙なちぐはぐ感が、逆に、独特の色気を醸していた。
 ボディラインは、服の上からでも見て取れるほど優美であり、そして肉感的だった。茶色いジャケット下のTシャツが、乳房によって、どこか窮屈そうに盛り上げられている。長い脚を包むジーパンの太ももの部分は、中に詰まった肉でぱんぱんに張りつめている。
 その容姿とファッションセンスは、こざっぱりとしたお姉さん系、という感じの印象を人に与えるだろう。

 今、奈々子の隣には、ゼミで一番仲のよい、村野由美が歩いていた。奈々子と由美の前には、三人のグループが肩を寄せ合っている。つまり、ゼミのメンバーは、友好関係により大きく二つに分けられる。奈々子たちと、前の三人とに。この二つの間に、深い溝があるというわけではない。研究室では一緒に無駄話をするし、帰りに五人揃って食事に行ったこともある。ただ自然と、行動が分かれるのだった。
 
 奈々子は、隣の由美を見やった。実は先程から、奈々子は、由美の様子が気になっていたのだ。
 村野由美は、奈々子とは対照的に小柄で、華奢な体つきをしていた。さらさらとした真っ直ぐの黒髪を、どことなく控えめな感じに、胸もとまで下ろしている。
 この少々引っ込み思案な由美を、奈々子は常にリードする立場だった。二人は姉妹のよう。友人から、しばしばそう冷やかされる。だが、言われるまでもなく、奈々子自身もそう感じていた。大学で由美と出会い、気づいた時には、そんな間柄になっていたのだ。
 その由美の様子が、どうもおかしい。元から口数の多いほうではなかったが、今日は、極端に喋らない。
 前の三人は、対照的に賑やかだった。互いにつつき合ったり、頓狂な声が上がったりする。
 奈々子は、それに張り合うように明るい声を出した。
「今日終わったら、ごはん食べていかない? 前に行った、駅の裏のレストラン、おいしかったから、また行きたくってさ」
「うん……。わたしは、べつにいいけど……」
 やはり、由美からは味気ない返事しか返ってこない。
「どうしたのー? 元気ないね?」
 奈々子は、思いきって尋ねた。
「ううん。そんなこと、……ないよ」
 由美は、そう言って力なく首を振る。けれども、普段とは明らかに違う。具合でも悪いのかな、と奈々子は心配になった。



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