花盛りの被験体
第一章
3



 聞き間違いではないかと、奈々子は思っていた。しかし、奈々子を見つめる水穂の眼差しには、冗談など含まれていなかった。奈々子をからかっている、というわけではなさそうだった。
 
 ハダカ。裸。ここで……? その光景を想像し、みるみると顔中が赤面していくのを感じた。
「ええっ……。嫌です、そんなの。わたし、できません。誰か、別の人、外部の人とかに頼んで下さい」
 奈々子の代わりに、ゼミの仲間の誰かが服を脱げるとも思えなかった。いや、外部の人間であろうと、そんなことのできる若い女性がいるのかどうか。
「ですから、それは事務的な事情で駄目になったと言ったでしょう。わたしは、代わりを、桜木さんにお願いしてるんです。あなたが協力しないせいで、ゼミのみんなに迷惑が掛かるんですよ。さあ、時間も限られてるんだから、着ているものを脱ぎなさい」
 水穂の声が厳しくなる。彼女は、苛立ったように片脚に重心を掛け、腕時計に目を落とした。
 
 どくどくと心臓が脈打っている。奈々子は、怯む自分を懸命に鼓舞した。
「だったら……、実験は中止にして下さい!」
 そう叫ぶと、水穂の双眸が見開かれたように見えた。
 対立が決定的となり、凍てつくような沈黙が流れた。
 
 やがて、水穂が冷ややかな口調で言いだした。
「わたしに歯向かうということは、それなりの覚悟を持ってるんでしょうね? 授業を妨害したということで、わたしは学校側に、あなたに対する厳しい処罰を求めますからね。わたしがその気になれば、あなたが大学にいられなくなるようにすることくらい、簡単なのよ」
 目の前が真っ白になった。
 そんな……。これほど理不尽な話はあるだろうか。どうかしている。
 とはいえ、もし、大学を追い出されるという事態になったら、奈々子の人生は大きく狂うことになる。
 奈々子は、途方に暮れてしまった。ぎゅっとTシャツの胸もとをつかむ。

「ねえー、さっさと脱いでよ、奈々子。なに、いつまでもぐずぐずしてんの?」
 信じがたいことに、理香までもが、奈々子をせき立ててきた。
「そうだよお。女しかいないんだし、授業なんだから、恥ずかしいことなんてないでしょう」
 圭子も、指名されたのが自分ではないからといって、好き勝手を言う。
 どうも変だと、奈々子は感じた。今日は、みんなしてどうかしている。まるで示し合わせたように。
 
 そこで、奈々子は、ようやくすべてを理解した。由美の様子がおかしかったことにも、説明が付く。
 奈々子以外のゼミ生は、事前に、水穂から知らされていたのだ。この日、保健室で、奈々子が『被験体』として指名されることを。奈々子は、それを確信した。
 そして、奈々子本人には教えてはいけないと、水穂は口止めした。特に、由美に対しては、きつく言いつけたのだろう。半ば脅しのような口調だったのかもしれない。だから、由美は、奈々子の身を案じ、表情が暗くなっていたのだ。

「早く服を脱いで、被験体として協力しなさい。どうしても協力したくないなら、今すぐ部屋を出ていきなさい。ただしその場合、潔く、退学届けを大学に提出しなさいね。授業を妨害するような不届き者がいると、ほかの学生に迷惑が掛かりますから、わたしは、いかなる手段を用いても、この大学から排除します」
 水穂は、こちらを睨みつけている。
「先生の言ってること、当然だよね。奈々子のせいで授業がめちゃくちゃになるんだから。奈々子ったらサイテー」
 理香は、唇を突き出して言った。
 普段とは別人の水穂と理香に責め立てられ、奈々子の頭は混乱していた。現実から逃げ出すように、この部屋を飛び出したい。しかし、その先のことを思うと、脚が動かなかった。

「あっ……。はい」
 奈々子は、ぽつりと声を発していた。
 全員の視線が、奈々子に向けられる。
「やります、わたし……」
 言っておきながら、わたしは本当にやれるんだろうか、という思いが脳裏をよぎった。
 女教授の目が細められる。彼女は、馬鹿にするかのように、ふん、と息を吐き、腕時計を見やった。
「時間がないの。一分以内に裸になりなさい」
 奈々子は、頬の肉が引きつるのを感じた。一分以内。一分後には、この場で、わたしは、一糸まとわぬ姿になっているというのか。現実味がない。そうなった時、どれほどの恥ずかしさに襲われるのか、想像もつかない。
 薄手のジャケットに手を掛け、両腕を抜き、ばさりとその場に落とした。続いてTシャツの襟もとを、そっとつかんだ。
 手が止まった。これから自分のやろうとしていることが、本当に信じられなかった。やっぱりできない……。
 
 女教授の目つきが、またもや険しくなる。
「時間がないって言ってるでしょ! 早く脱ぎなさい!」
 鋭い声を飛ばされて、奈々子は息を呑んだ。恐怖のあまり、慌てて脱衣を再開した。
 Tシャツとジーパンを脱いで、奈々子は下着姿になった。ブラジャーとパンツで揃いの、パープル色の下着を着けていた。
 おそるおそる、視線を水穂に向けた。これで許してもらえませんか、という願いを込めていた。下着姿であっても、息もできないほど恥ずかしかった。
 だが、奈々子を見据える女教授の目つきは、どこまでも厳しかった。すべて脱ぎなさいと言ったでしょう、という言葉が、ひしひしと伝わってくる。
 奈々子は、こわばる手でブラジャーを外した。左腕で、遮るように乳房の先端を隠す。それから、性器を見られないようにと意識して、右腕を股間にあてがいながら、徐々にパンツを下げていった。
 パンツを両脚から抜き取ると、奈々子は、ぎゅっと股を閉じ、右手を陰毛の上に重ねた。足元には、今まで奈々子が身に着けていたものが、捨てられたように置かれている。

「桜木さん。シューズと靴下も脱いで」
 水穂は、さらに注文を付けた。
 もはや、奈々子は、唯々諾々と命令に従うしかなくなり、足の指を引っ掛けてシューズと靴下を脱ぎ、裸足になる。
 
 奈々子の姿は、無惨だった。
 全裸にさせられても、なお、見られたくないところを強固に隠そうとする、恥じらいの姿態。けれども、同時に三つの部分を手で隠すことは不可能なので、必然的に、そのうちのどこかが露出することになる。今、奈々子の剥き出しのおしりが、彼女の背後にいる、同い年の四人の女子学生の視線に晒されているのである。
 脂肪ののった肉付きのよいおしりが、ぶるぶると小刻みに震えている様は、奈々子の恥辱を雄弁に物語っていた。
 奈々子は、恥ずかしさに、耳朶まで真っ赤になっていることを、自分自身で嫌というほど感じていた。
 ふと、この場には由美もいるということを思い出す。正常な思考能力を失ってしまい、束の間、それを忘れていたのだ。惨めな格好を由美にまで見られている、という思いが、頭から離れなくなった。



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