花盛りの被験体
第一章
4



 女教授は、奈々子の裸体を、頭のてっぺんから足先まで視線で舐めた後、おもむろに壁際に向かった。戸棚から、一枚の紙がクリップで留められているホルダーと、ボールペンを取りだす。それを五人分用意すると、奈々子以外のゼミ生に配り、水穂自身も一つ手に持った。

「さーて……、これから、桜木さんの体で、実験と観察を行っていきます。みなさんは、細かいところまで、しっかりとメモを取っていくんですよ」
 常識的には狂っているとしか思えない水穂の発言にも、由美以外の三人は、なにやら嬉しそうに返事をした。
「まずは、スリーサイズを調べましょう。山崎さん、あなた、測ってくれる?」
 指名されたのは、理香だった。
「はーい。わたしがやります!」
恐ろしいことに、理香は、二つ返事でその役を引き受ける。

 メジャーを手にした理香が、奈々子の前に立った。理香の顔には、明らかに奈々子を小馬鹿にした薄笑いが浮かんでいた。
 絶対に見せられない。奈々子は、乳首と恥部を隠している両手に、むしろ力を込めていた。この手をどかすなど、精神的なレベルではなく、もはや肉体的に不可能だと感じた。
 それに対し、理香の取った行動は、あまりにも無情だった。理香は、奈々子の恥じらいなど一顧だにしていない様子で、邪険に奈々子の両手を払いのけたのだ。

「えっ、いや……」
 奈々子は、思わず声を漏らしていた。全身が凍り付いた瞬間だった。
 弾かれたように乳房が揺れ動き、薄紫色の乳首が、どこか寒々とした感じで顔を出した。下のほうは、丸みを帯びた腰の中央で、黒々と陰毛が茂っている。
 奈々子は、ショックのあまり、四肢から力が抜けそうになった。やり場のなくなった両手を、祈るように胸の前で組むと、腕がひどく震えていることに気づく。
 理香は、そんな奈々子の様子にすらお構いなしに、メジャーを持った手を奈々子の背中側に回した。
 奈々子の双方の乳首に、メジャーのヒモが当てられる。しかし、理香は、バストの数値は確認したはずなのに、どういうわけか、ヒモを解こうとはしなかった。さらには、理香が、まじまじと自分の乳房それ自体を観察している気がして、薄気味悪くなる。
 
 すると突然、乳首に、擦れる痛みが走った。
「ちょっ……、痛っ……」
 信じがたいことに、理香は、乳首に当てたメジャーのヒモを、小刻みに上下に振っているのだった。乳首は無惨にねじれ、乳房は、なだらかな裾野まで震えている。
 理香の顔には、悪意を含んだ好奇心が、はっきりと表れていた。それを見た瞬間、奈々子は、怒りと屈辱がほとばしり、衝動的に理香の横っ面を張った。
 よろめいた理香は、一拍置いて、痛そうに叩かれた頬を押さえると、怯えた目つきで奈々子を見やる。
 
 奈々子は、荒くなった呼吸を整えながら、理香を睨んだ。
 なに考えてんのよ、あんた……。
 その直後だった。水穂がヒールの音を鳴らしながら、勢いよく奈々子のほうに迫ってきたのだ。
 奈々子は、強烈なビンタを張られた。理香を叩いた仕返しを、水穂から喰らった格好である。
「桜木さん、今は生物学の授業中なのよ。なんで山崎さんのことをぶったりするの!」
「先生、だって理香は……」
 そこまでしか、奈々子は言うことができなかった。目に涙が溜まってくる。
「そんなの関係ないわ。この子に謝りなさいよ!」
 水穂に怒鳴りつけられ、奈々子は、すっかり怖じ気づいた。
「ごめんなさい」
 奈々子は、ほとんど涙声で理香に向かって謝った。
 けれども理香のほうは、無言のまま、そんなんじゃ許せないとでも言うような目つきで、奈々子を見返している。
「さっ、山崎さん。気を取り直して、続きをやって」
 水穂は、奈々子に対するのとは正反対の優しい口調で、理香を促した。
「……はい」
 理香は答え、メジャーのヒモを持ち直す。
 そして、奈々子にすっと歩み寄ると、悪魔でも乗り移ったかのような低い声で囁きかけてきた。
「思いっ切り、恥をかかせてあげるからね」
 その言葉に奈々子は背筋が寒くなった。
 怖い……。教授がバックに付いているから、反抗することもできない。これからわたしは何をされるんだろう。

「バスト85!」
 測り終えた理香が、高らかに言う。
 奈々子の周りで、それをゼミ生たちが紙にメモする気配があった。
「おっきいなあ」と羨ましげな声も上がる。
 ウエストは63だった。
 次に、ヒップを測られようとしている。
 奈々子は、途方もない恥辱に耐えなくてはならなかった。パンツを脱いだ状態でヒップを他人に測られることなど、日常からすれば狂気の沙汰である。
 
 理香は、奈々子に向かって、にたりと笑いかける。そうやって奈々子を挑発しながら、ゆっくりと腰を落とし、床に片膝を突いた。
 奈々子のおしりのほうから、メジャーのヒモを引っ張ってくると、理香は、意地の悪いことに、その端っこを陰毛の中に埋めた。そこでヒモをクロスさせると、目盛りを読むため、奈々子の陰毛に鼻先がくっつくほど、顔を寄せてきたのである。
 さらには、理香が、鼻から微かに息を吸い込んでいる音が、奈々子の耳へ飛び込んできた。
 奈々子は、理香の行為を察して、ぞっとさせられた。この子は、わたしのアソコの臭いを嗅いでるんだ……。
 気の狂うほどの恥ずかしさに、奈々子は、喘ぐような浅く荒い呼吸を繰り返していた。
 たっぷり十秒ほど時間をかけて、理香は数値を確認した。

「ヒップは88!」
 理香は、気の済んだような顔をして周囲に伝える。そして立ち上がり、ゼミ生たちのほうに戻りながら、呆れたような口調で言い放った。
「ねーえー。奈々子のマ○コがさあ、臭すぎて参ったんだけどー」
 そんな発言を、奈々子は、意識の片隅で予期し、また、覚悟はしていたものの、実際に言われると、ものすごいショックで、ぐらりと立ち眩みを起こした。
 理香の言葉に応じて、圭子の声が響く。
「でも、わたし、ずっと前から、絶対に奈々子は臭いマ○コしてるって思ってたよ。だって、奈々子の顔や体つき見てると、そんな感じするもん」
「こらこら、生物学の授業中ですよ。性器のことを、そんな稚拙な言い方しては駄目でしょう」
 水穂は、たしなめてはいるが、まったく真剣味の無い顔をしている。
 それに対して理香と圭子も、空々しく反省の言葉を口にした。
「わかればいいのよ」
 水穂はにっこりと微笑むと、つと、奈々子へと目を転じた。

「桜木さん。こっちを向きなさい。……気をつけ!」
 まるで、小中学校の体育の授業のような物言いで、水穂は命じる。
 奈々子は、腰の横にそっと両手を添えた。全裸では、極めて屈辱的なポーズである。
 従順な教え子を見た女教授は、満足げな笑みを浮かべ、他の四人のほうに向き直った。
「この部屋、明るいでしょう。みなさんが来る前に、蛍光灯をすべて新品のものに取り替えておいたの。なぜって、桜木さんの体の細部まで、よく見えるようにするためよ」
 水穂の声音には、どこか誇らしげな響きがあった。
「あっ、やけに、この部屋明るいなって思ってたんですけど、このためだったんですね!」
 理香が、納得したように返す。
「そうなのよ……。この実験と観察のためなのよ」
 実験と観察の対象、つまり全裸の奈々子へと、水穂は、再び視線を戻す。
 女教授の目つきは、自身の教え子を見るものとしては、明らかに異常だった。なにか、彼女の内に渦巻く妖しい感情が、その眼差しに宿っているかのようなのだ。
 それに気づいた奈々子は、得体の知れない恐怖感を抱いた。
 目を合わすことを拒むように、さり気なく視線を逸らす。



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