花盛りの被験体
第二章
1



「桜木さん。まったく、いつまで泣いてるのよ。そろそろ、次の実験に取りかかりたいから、話を聞いてくれるかな」
 高遠水穂は、冷ややかな口調で言った。教え子をどん底に突き落とした罪悪感など、微塵もない態度である。
 相変わらず、桜木奈々子は、両手で顔を覆って涙を流していた。次の実験、と水穂は言う。つまり、この死にたくなるほどの生き地獄は、まだ終わりそうもないということ。それを思うと、涙は止まらないどころか、枯れ果ててしまいそうだった。
「手をどけて、いいかげんに返事をしなさい。わたしを怒らせる気なの?」
 今の水穂にとっては、奈々子の気持ちなど、取るに足らぬ問題らしい。
 奈々子は、しゃくり上げながらも手を離し、涙と鼻水を拭った。白目は真っ赤に充血し、瞼が腫れぼったくなっていた。
 水穂は、一本の縮れ毛の入ったビニール袋を摘んで持ち、奈々子の眼前に突きつけた。
「ここにいる全員に、観察物として、あなたの陰毛を配布しておいたわよ」
 わざわざそれを告げ、奈々子の反応を確かめようとする。その言葉は本当で、ゼミ生の一人ひとりが、奈々子の陰毛が収められている袋を、しっかりと手にもっていた。五本とも、理香が抜き取ったものだ。
 奈々子は力なく頭を垂れた。この場の全員が、自分の汚れた毛を手にしているなんて、まるで気色の悪い夢でも見ている気分だった。
「さてと、じゃあ、次の実験を始めるわよ。全員、こっちにいらっしゃい。もちろん桜木さんは、服を着ないで、裸のままでいなさいね」
 水穂は、部屋の奥へと進んでいき、部屋を仕切っているカーテンを引いた。
 
 女教授に呼び集められた女子学生たちの中で、ポニーテールの肉感的な美女が、ひとりだけ全裸で立っている光景というのは、狂気的というよりほかない。
 村野由美が、哀れみの目で、ちらちらと奈々子を見やる。奈々子は理解していた。できることならば、奈々子を救いたいという気持ちはあっても、教授や理香たちが怖くて、身動きが取れないでいるのだろう。そんな由美を恨むつもりにはなれない。
 ただ、裸体に突き刺さる、その視線が痛い。見ないでよ、見ないでったら。わたしのこんな姿を……。
 その時、奈々子は、由美の左手に視線が釘付けになった。知ってはいたが、実際に目認してしまうと、全身が総毛立つような悪寒に襲われる。こぢんまりとした由美の手の中に、今、例のビニール袋が握られているのだから。



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