花盛りの被験体
第二章
2



 カーテンの奥には、ベッドがあった。そのベッドを挟むように、両脇に、二つずつ椅子が置かれている。
 奈々子は、ベッドと椅子の配置を見た瞬間、胃をしごかれるような禍々しい予感を覚えた。もしや、わたしはベッドに寝かされ、両脇の椅子に座った四人から、好き勝手に裸の体をいじくり回されるのでは。
 由美だけは、そんな真似をするはずはないが、教授や理香、それに圭子と瞳は、自分の体を性的にもてあそぶことで、快感に浸っているのだから。

「これから、どんなことを始めるんですかあ?」
 山崎理香が、待ちきれない様子で尋ねる。
 奈々子は、横目で理香を睨んだ。憎悪が燃えたぎる。そんなに面白いなら、あんたが裸になってろよ……。
「とても大切な実験ですよ。生物学においてはもちろんのこと、日常生活でも役立つ知識を学べると思います。では、桜木さん以外の子は、椅子に座ってもらいます。一人ひとり、席を決めてありますから、順番に座っていって下さい」
 水穂は、四人のゼミ生に、席を指示していった。ベッドの左側の席に由美と理香が、右側に圭子と瞳が着席した。
「さてと……、桜木さんは……」
 ひとり全裸で立っている奈々子に、声が掛けられる。
 女教授の顔には、奈々子の心胆を寒からしめるような冷笑が浮かんでいた。奈々子は、水穂の口から、いったいどんな言葉が出てくるのかと恐怖した。
 
 そこで水穂の出した命令は、奈々子の脳裏にあった悪い予感をも遙かに凌ぐ、異常極まりないものだった。
「ベッドに上がって、あの子たちの間で、四つん這いになりなさい。おしりを、左側の席の山崎さんと村野さんの二人に向けるようにね」
 奈々子の頭の中は、真っ白になった。肉体は金縛りのように動かないが、絶対にそんなことはできない、という拒否の意思だけは、強固として存在している。無意識のうちに奈々子は、首を小さく横に振る動作を繰り返していた。
「どうしたの? みんな待ってるんだから、早くベッドに上がりなさい。それとも、何か言いたいの?」
 水穂が、口端を上げ、笑顔にも似た表情を作っていた。しかし、眼鏡の奥の目は、笑っていないどころか、いかなる感情も読み取れない。
 奈々子の奥歯が、かちかちと鳴り出す。目の前の女教授が、とてつもなく怖かった。だが、奈々子は、勇を鼓して声帯を震わせた。
「で、できませ……」
 痰が詰まったような、掠れた声しか出てこない。それでも自分の身を思い、もう一度声を発した。
「でっ……できません。もうわたし、服着ます」
 奈々子は、必死の覚悟でなんとか言い切って、女教授を正面から見た。
 水穂の作り笑いが、徐々に消えていく。やがて、その口が開かれた。
「あなたに言ったはずよ。授業に協力しないなんて、許さないって……」
 言い終わるが早いか、水穂は眉間に縦じわを刻み、いきなり奈々子に襲い掛かった。たじろいだ奈々子の首根っこを引っつかむと、そのまま叩きつけるようにして、奈々子の裸体をベッドの上に押しつける。
 水穂の怒号が部屋中に轟いた。
「わたしに逆らうんじゃないわよ! 生意気な小娘ねえ。さっさと言われた通りにしなさいよ、このノロマ!」

 しばらく奈々子は、ベッドにもたれた状態で、動くことができなかった。水穂の暴虐により、完膚なきまでに恐怖心を植え付けられてしまった。
 教授には、とても逆らえない……。奈々子は、おそるおそる、椅子に着いた四人のほうへと目を転じた。
 理香を筆頭に、圭子や瞳は、にやにやと笑っており、まるでメインディッシュが目の前に運ばれてくるのを待っているという風情だった。由美だけは、奈々子と目を合わせるのを、意図的に避けている。
 ベッド上の、四人に挟まれた空間。
 奈々子は、絶望に沈んでそこを眺めていた。わたしは、あそこで、四つん這いにならないといけないの……。
 実行すれば、由美と理香に、相当の至近距離で、自分の恥ずかしく汚い部分を見られることになるのだ。想像するだけで肌が粟立ってくる。
 けれども、今、後ろで仁王立ちしている、悪魔のような女教授の存在を思うと、奈々子の胸中で、羞恥心よりも恐怖のほうが肥大していくのだった。
 
 ついに奈々子は、ベッドに乗った。なぜか、白いシーツから、ひどく不吉な印象を受けた。
 おずおずと犬のように這って、四人のほうへと進んでいく。理香や圭子が、くすくすと笑い声を立てる。
 彼女たちの間隙に入り込んだとたん、奈々子は、脳髄を締め付けられるような屈辱感に、めまいを起こした。全身をぶるぶると震わせながら、体の向きを変えていく。奈々子の大きなおしりが、だんだんと、由美と理香の正面に回っていく格好である。
 ほどなくして、奈々子の四つん這いの裸体が、女子学生たちに前後から挟まれる形となった。
 
 奈々子の眼前にいる圭子と瞳は、どこにでもいるような、ごく平凡な容姿の女子学生で、普段は、なんの嫌味も感じさせないゼミの仲間だった。だというのに、今、その二人は、惨めな奈々子の苦悶に同情するどころか、嘲り笑っているのだ。
 この状況で自分の顔を見続けられるのは、逃げ場のない責め苦である。奈々子にできるのは、なるべく前の二人と目を合わせないようにすることくらいだ。
 だが、それ以上に、おしりのすぐ後ろに並んでいる、由美と理香の存在を否応でも意識させられる。
 何が悲しくて、二人の眼前に、全裸でおしりを突き出さなければならないのか。きっと理香は、わたしの醜態を見て、内心で抱腹絶倒しているに違いない。逆に由美のほうは、どう思ってるんだろう。わたしを哀れに思いながらも、心のどこかでは幻滅しているかもしれない。
 途方もなく悲しくて苦しいのに、不思議と涙は流れてこなかった。すでに、涙は枯れ果ててしまっている感じがした。



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