花盛りの被験体
第二章
4



 ゼミ生たちのやりとりを、愉しげに聞いていた水穂が、口を開いた。
「では、今から、被験体である桜木さんの、体温を測ります。桜木さん、平熱はどのくらいなの?」
 水穂は、デジタル体温計のケースを開けて言った。
「……36度1分ぐらいです」
 いったい、なんのつもりで、わたしの体温など調べようとしているのか。奈々子は、不安を抱きながら答える。
「そう、わかったわ……。桜木さん、あなたの体温を、直腸で測るからね。何があっても、じっとしてなさいよ」
 水穂の手が、奈々子のおしりの肉にぴたりと触れる。
 
 えっ。ちょっと、どういうこと……。うそ、待って。奈々子は、がばっと体をひねり、水穂を振り仰いだ。
「やめてください……。本当に、やめて下さい」
 悲痛な声で訴えながら、おしりの溝を片手でふさぐ。
 氷ったような水穂の双眸が、ゆっくりと奈々子に向けられた。
「これは実験だって、何度言わせるの。すぐに体勢を戻しなさい」
 抑揚のない、粛々とした物言いだった。だが、このまま拒んでいると、今にも水穂の怒りが爆発しそうなことを、直感が告げている。
 奈々子は、底無しの絶望に沈みながら、再び両手を前についた。
 
 水穂は、左手の指で、奈々子のおしりの肉を広げると、肛門を覗き込んだ。しばらく、そうして観察していたが、ふいに顔をほころばせ、右手の人差し指で、奈々子の肛門にぴたぴたと触れた。
「あっ……、うう」
 顔から火が出るほどの屈辱感に、奈々子は、つい声を漏らしていた。どうしようもなく背中が反り返っていく。
 その時だった。一瞬、全身の筋肉が収縮し、体が硬直した。
「ああー! いや!」
 不覚にも奈々子は絶叫していた。打って変わって、どっと疲労が襲ってきたかのように、四肢から力が抜けていくのを感じる。
 とんでもないことをされた……。奈々子は、ほとんど放心状態だった。
 信じたくないが確かだ。たった今、水穂の指先が、脈絡無く、肛門にねじ込まれたのだ。
 奈々子のすさまじい変調に、前に座る二人は、目を輝かせている。圭子が、奈々子と理香を交互に見ながら問うた。
「えっ? なになに? 奈々子が、いやーとか叫んだんだけど……。理香、どうしたの?」
「あたしにも、わかんなーい。どうしたのよぉ、奈々子?」
 とぼけている。理香は、教授のやったことを目撃していたはずなのに。

「今から、ここに体温計を差し込みますからね。この測定方法は、ごく一般的に行われているんですよ。とくに、生物学を専攻しているみなさんには、是非知っておいてもらいたいことです」
 水穂は、取り澄ました顔で、ゼミの講義と同じように説明する。
「ええー……。でも、汚くないですかあ?」
 理香が、言葉とは裏腹に、好奇心に満ちた声で言う。
「そんなことは言ってられないでしょう。これも生物学の授業の一環ですよ。さあ、ゼミのみんなを代表して、山崎さんが、桜木さんの体温を測りなさい」
「えっ! あたしが測るんですか!?」
 理香は、面食らった素振りを見せるものの、その口元には、不気味な薄笑いを滲ませている。まんざらでもない顔をして、奈々子のおしりの肉を左右に割った。
「ねえ、理香。おしりの穴の色とかさ、また教えてよ」
 圭子が、さすがに今度は、少しばかり遠慮がちな口調で尋ねる。
「えっとねえ、色は……、茶色っぽい。けつ毛が、びっしりと生えてまーす。奈々子らしいよ、まったく。なんか、体温計の先っぽでつつくと、穴がぴくぴく窄まって面白いんだけど」
 理香たち三人が、金切り声で爆笑する。
 果てしない拷問が続く中、奈々子は歯を食いしばり、なるたけ感情を顔には出さないよう意識していた。圭子と瞳は、奈々子の悲しそうな表情や嫌がる素振りを、見たくてしょうがないのだから。

「さあ、それそろ入れるよ、奈々子。心の準備はできてるー?」
 理香は、わざと怖がらせるように言って、体温計の先端を肛門の中心に宛がった。
 奈々子は、ぐっと体をこわばらせる。いったい、これから、どんな感覚に襲われるのか。それを考えると、胃の中のものを吐き出しそうになる。
 一種の覚悟を決めてからほどなくして、異物が体内に侵入してきたのを感じ取った。想像だにしていないほど、それは、どんどん奥まで入り込んでくる。かと思っていると、その棒状の異物が、直腸内で暴れ回り始めた。
「うあっ、ああぅ……」
 意思のコントロールが効かなくなり、奈々子は、悲鳴とも呻きともつかぬ声を吐き出した。自分自身の耳にさえ、ひどく無様に響く声。
 圭子が、ふいに両手を伸ばし、奈々子の頬を包み込んだ。
「ねえ、おしりの穴に体温計を入れられて、今、どんな気分?」
 奈々子の頬をさすりながら、子供をあやすように笑いかける。
 もちろん、奈々子は答える気などない。というより、そもそも前の二人のことを考える余裕すらなくなっていた。
 
 奈々子は意識の隅で、理香が、攪拌するように体温計を回しているのだと気づいた。直腸の粘膜に異物が触れる、死ぬほどおぞましい感覚。不快な鈍痛。
 だが、だんだんとそれらに慣れてくると、今度は、すべてのプライドを突き崩すかのような屈辱感に襲われ始める。
 全裸になって恥をさらし、大便を排泄する穴にまで、異物を突っ込まれている。しかも、同じゼミの、友人であった女子の手によってだ。なんて、わたしは惨めなんだ。惨めで下等すぎる……。
 彼女の心情を嘲笑うかのように、理香は、奈々子の肛門に突っ込んだ体温計を、掻き回すように動かしていた。
 絶えず体温計の角度が変わるため、焦げ茶色の排泄器官が、生き物のようにその唇を動かし続ける。穴は確実に広がり始め、直腸の奥から、粘っこい音が漏れ出している。
 奈々子の精神と肉体を蹂躙することで快感を覚える三人と由美とでは、水と油である。由美は、終始苦々しい表情で俯いていた。時折、無惨な様相を呈する奈々子の肛門を横目で窺っては、見ていられないというふうに顔をそむけた。




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