花盛りの被験体
第二章
5



「ちょっと理香……。なんか、奈々子の顔がやばいんだけど……。目の焦点が合ってないし」
 奈々子の顔をじっと観察している瞳が、苦笑いを浮かべて言った。
「ええー、ホント? どうしたのー、奈々子っちゃん」
 理香は、ふざけきった態度で、おしりの肉をぺしぺしと叩く。
 
 その時、体温計の電子音が鳴った。肛門からゆっくりと体温計を引き抜くと、理香は、それをまじまじと見つめた。
「うわあ。きったなあい。うんちが、こびり付いちゃってるー。やだぁ」
 どうも本心で言っているらしく、理香は、頬を引きつらせていた。事実、体温計の先端から数センチの箇所までは、所々に黄土色の便が付着していた。
 その後、圭子と瞳も、それを手に取って眺めては、文字通り汚物を見るような目で、体温計と奈々子の呆けた顔とを見比べるのだった。
 最後に、女教授がそれを手にする。水穂は、蛍光灯の光にかざし、ためつすがめつ観察した後、すました顔で、体温計の先端の臭いを嗅ぎ始めた。鼻をひくつかせる水穂の頬が、みるみると緩んでいった。

「37度超えてるじゃない。桜木さんが熱を出しているわけじゃないとしたら、この体温計は、あまり正確じゃないのかもしれないわねえ。山崎さん、ちょっと脇に入れて測ってみてくれない?」
 理香は目を剥き、両の掌を突き出して拒否を示す。
「嫌ですよ! そんな汚いので測るなんて! あっ、そうだ」
 名案が浮かんだという顔で、由美を振り返った。
「由美ならできるでしょ。奈々子は、由美のお姉さんみたいなものなんだから。汚いからできないなんて、言わせないよお」
 理香は、いたずらっぽく笑いかける。由美は、怯えた顔をして、いやいやをするように頭を振った。
「そうねえ。村野さんは、桜木さんの一番親しいお友達だったからねえ。ちょっと、この体温計で自分の体温を測ってくれるかな?」
 女教授も、由美に目を付けた。
「い、いや……。です」
 由美は、蚊の鳴くような声で拒絶した。
 とたんに、理香の高笑いが響いた。
「ねえねえ……、奈々子ちゃんさあ、どう思う? 由美も、あんたのおしりの穴に入った体温計なんて、汚くて使いたくないってよ。許せる? 由美のこと」
 理香は、人の頭を撫でるような手つきで、奈々子のおしりをさすりながら言う。
 
 奈々子は、執拗に浴びせられる侮辱の言葉の数々を、朦朧とした意識の中で聞いていた。排泄器官まで、もてあそばれた事実は、決定的なダメージだった。神経系が極めて鈍くなっており、赤裸々の肌を触られた時などに、生理的な嫌悪感が、漠然と脳に伝わってくるだけの状態だった。
 もはや、女としての恥じらいや誇りなど、奈々子の中には残っていなかった。そんなものは、脱糞させられたかのように、肛門という穴から流れ落ちていたのだ。

「村野さん。そんなに怖がらなくてもいいのよ。無理にやれと言っているわけではないんだし」
 のっけから、由美のことを少々からかってみただけだったらしい。
「おそらく、桜木さんは緊張して、熱が上がっちゃったんでしょう。体温計に、問題はないはずだわ」
 奈々子の直腸で汚れた体温計を、拭きもせずにケースに入れ、水穂は戸棚へ戻しにいった。
「知らないであれを使う人、かわいそー……」
 うしし、と理香が口元に手を当てて笑った。

 今の奈々子には、普段漂わせている、朴訥なお姉さん系の雰囲気など、見る影もない。さらには、その顔つきが、十歳以上老け込んでいる感じさえある。
 奈々子は、意識を消そうとするかのように目を閉じた。



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