花盛りの被験体
第三章
6



 朦朧とした意識の中で、皮膚感覚の刺激を感じていた。おしりをぴしぴしと叩かれている……。背中をさすられている……。
 ちょっとの間、意識が飛んでいたようだ。女教授の声が、遠くのほうから聞こえてくる。

「桜木さん、もう終わったわよ。顔を上げなさい……」
 終わった……。でもなにが……。
 瞼を閉じたまま、意識の奥を探ろうとしていると、いきなり、左肩がつかまれた。
「聞こえてるんでしょう。四つん這いに戻るのよ。わたしを怒らせる気なの?」
 意識の片隅から、警告が伝わってくる。はやく言うとおりにしないと、まずいよ……。
 はっと、奈々子は顔を上げ、腕を突っ張った。
 わたしは全裸で四つん這い……。ああ、そうだった。奈々子は、生き地獄に舞い戻ってきた気分だった。
 
 目の前の圭子と瞳が、二人揃って、小さなビニールの袋を摘んで持ち、奈々子に見せつけている。その中に、粘り気のありそうな液状のものを視認する。
 圭子が、にたにたと笑いながら、袋を左右に振った。液体は、どろどろとした流動性を呈する。
 それは、わたしの……。奈々子は、ぐらりと脳髄を揺らされる思いがした。
 続いて瞳が、奈々子の陰毛が収められているほうの袋を摘む。
「ねえ、奈々子……。わたしたち、この二つの袋を、家で大切に保管しておくからね。先生に、そう言われてるからさ。もちろん、由美もそうすることになってるよ」
 瞳は、奈々子の顔と二つの袋とを見比べながら、嬉しそうに言うのだった。
 
 水穂は、四つん這いの奈々子の背筋を、なにやら愛おしげに指でなぞった。
「今日の授業の実験と観察は、すべて終わりました……。それでなんですけど、こうして体を張って協力してくれた桜木さんに、あの……、感謝の気持ちを込めて、キスを送りたいと思うんですね。……こうして」
 ええー、とどよめきが起こった時には、すでに水穂は、奈々子の腰骨のあたりに、軽い口づけをしていた。
「べつに、恥ずかしいことじゃないのよ。だって、一番恥ずかしいのは、こんな格好をしてる桜木さんでしょ? さっ、みなさんも、やってみてはどうです? 変な意味じゃなくて、感謝の気持ちを示すためですから」
 水穂は、照れる様子もなく、皮肉な態度で言った。
 
 奈々子は、裸体に口づけされた嫌な感触と、水穂の言葉とを、頭の中で重ね合わせていた。つまり……、他の人たちも、わたしにキスをするってことなの……。不潔。ありえない。この人は、いったい、何を言っているんだ。
 ところが、前の二人の間に、不穏な空気が流れているのを奈々子は感じ取った。圭子と瞳は、互いの体を肘で突き合い、照れ笑いのようなものを浮かべているのだ。
「ねえ瞳、ちょっとやってみなよ」
 圭子が、奈々子のほうに顎をしゃくって言った。
「わたしはイヤ。……ってゆうか、けっこう面白そうって言い出したの、圭子でしょう?」
 瞳が、ぷいとそっぽを向いて言うと、なにやら圭子は、むず痒そうに体をくねらせるのだった。
 その時、ふいに圭子と目が合った。直前まで彼女の顔にあった笑いは影を潜め、どこか真剣味を帯びた眼差しで、奈々子を見つめている。
「それじゃあ……」
 奈々子のおとがいを持ち上げ、小さく呟いた圭子の顔が、四つん這いの奈々子の顔面へと迫ってくる。
 えっ、うそ。ちょっと……。
 何か言葉を発そうとした時には、奈々子の唇は塞がれていた。嘘のように柔らかい圭子の唇の感触に、思考が弾け飛んだ。ぼんやりとした視界には、凍ったような圭子の眼差しがあった。
 
 唇を離した圭子は、奈々子の顔を今一度見て、にたりと笑った。
「あっ……。でも、べつに、恥ずかしくない……。うん、全然ふつう……。なんか、奈々子がこんな格好してるから、わたしも大胆なことできる、みたいな」
 圭子は、意外の感に打たれた表情で、レズビアン的な行為の感想を話した。
 なんなのよ、これ……。奈々子は、震える唇を二の腕で拭った。この日、性的な恥辱にまみれ続けた奈々子であるが、今度は、不浄の刻印を押された気分だった。

「ねっ? 恥ずかしがることなんて、ないんだから。後ろ側の二人もどう? なにも唇と唇を合わせなくたっていいの。キスにふさわしいところは、後ろにも、ちゃーんとあるでしょう?」
 おどろおどろしい水穂の言葉を聞き、奈々子の心臓は早鐘を打ち始める。とても信じられない話だが、今となっては何が起こってもおかしくない。
 突然、おしりをぱしりと平手で打たれ、全身が竦み上がった。
「ねーえー、奈々子……。今日は、こんな恥ずかしい格好で授業に協力してくれて、ありがとー。わたし、奈々子のおしりにキスしてあげるよ……。どう? いいと思わない?」
 きんきんと耳障りな理香の声と共に、おしりの肉が左右に開かれていくのがわかった。
 えっ、まさか……。今、進行している出来事があまりに信じられず、奈々子は四肢をベッドにつけた体勢で硬直していた。
 だが、幸か不幸か、理香の唇を裸の下半身に当てられることはなく、例によって、耳を塞ぎたくなるような侮辱の言葉を浴びせられる。
「うっわあ……、奈々子のおしり、マジ汚すぎ……。ちょっと顔近づけるだけで、見た目も臭いも、気持ち悪くて吐き気がする……。やっぱり、わたし、口なんて付けられなーい」
 再び、汚らしそうにおしりの肉を平手で叩くと、理香は、返す刀で由美に言う。
「はい、次は由美、がんばって。言っとくけど、圭子は奈々子にキスしてあげたんだからね。それなのに、ここで一番仲のいい由美がやらなかったら、すごい薄情だよ」
「その通りよ、村野さん。桜木さんが、これほど頑張ってくれたんだから、あなたは親友として、感謝の気持ちをしっかりと示すべきだわ」
 今さらながら、理香と女教授の論理は、何から何まで狂っていた。
「まさか、できないなんて言わないでしょうね。村野さん、あなた、粘液の採取をしてくれたのはいいんだけど、少々、桜木さんの体をいたわる気持ちに欠けてたんじゃない? この子、ずっと泣いてたのよ」
 白々しくも、水穂が真面目腐った口調で言うと、圭子がそれに同調する。
「そうだよー、由美……。奈々子が泣いてるのに、淡々と作業しててさ……。親友のわりには、すごい冷たかったよねえ? 引いたもん、わたし」
 さらには瞳も、この猿芝居に加担する。
「ひどーい、由美。それで奈々子に対して、なんにもしてあげられないわけ?」
 女子学生たちが、由美批判の大合唱を始めた。引っ込み思案の由美のことなど、少しも怖くないと言わんばかりの態度だった。

「わ……、わかりました……。やります。えっと、でも、なにを……?」
 へどもどしながら由美が呟くと、ぴたりと誰も声を発しなくなった。水穂が、この日一番の優しい笑みを浮かべ、そっと由美の席に歩み寄る。
 奈々子の視界には入らなかったが、数秒間、水穂は、声には出さず身振り手振りで女子学生たちに『何事か』を伝えていた。
 
 目の前の圭子と瞳が、なぜか同時に椅子を立ったので、奈々子は、怪訝な思いで二人を見上げた。その直後、突然、二人に両腕をつかまれ、かと思っていると、太ももにまで誰かの手が回るのを感じた。
 とうとう、彼女たちは、人数に物を言わせて奈々子の肉体を力尽くで拘束してきたのだった。上半身を圭子と瞳に、両脚を理香に押さえられ、奈々子は、四つん這いの格好で身動きが取れなくなっていた。
 
 いったい、何が起ころうとしているのか。今、わたしは、何をされても逃げられない……。抑えようのない恐怖が込み上げてきて、奈々子は半狂乱に叫ぶ。
「え!? ちょっと、なに……。いやっ、やめて、放して!」
 その時、性器の肉に、何かが接触したのを感じ、奈々子は口を噤んだ。
 誰かの手だろうか……。いや、もっと凹凸のあるもの……。
「ほらっ、舌を出しなさい。桜木さんに、ありがとうって感謝を込めてキスするの。言っておくけど、ちゃんとやるまで終わらないわよ」
 水穂がドスの利いた声で言った後、くぐもった由美の呻き声が耳に入った。

「あっ!」
 奈々子は、思わず頓狂な声を上げていた。
 なんなのよ、これ……。
 誰が何を行っているのか、それを脳が正確に認識した時、奈々子は、自分自身のけたたましい悲鳴に包まれていた。空気を割るようなすさまじい声量で、鼓膜がおかしくなりそうだった。
 
 びくりびくりと上体を跳ね上げる奈々子の裸体を、三人の女子学生が押さえ続けている。
 そして後方では、女教授が、由美の顔を奈々子の性器へと押しつけており、親友同士である二人の舌と陰唇とが、ディープキスよろしく、どろどろに絡まり合っているのだった。



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