花盛りの被験体
第三章
8



 保健室で、奈々子と由美の二人だけが残されていた。奈々子は、由美に背を向けた状態で動けなかった。まだ、下着も着けていない。
 呼吸もままならないような重苦しい沈黙が、二人の間に流れている。

「ねえ……、奈々子……」
 由美の声を聞いたとたん、奈々子は、反射的に大声を上げていた。
「帰ってよ!」
 心臓が、早鐘のように鳴っている。奈々子は深呼吸をして、体を半分、由美のほうへ向けた。由美の顔を最後に見たのが、ずっと前のことのように思える。蒼白な顔色をしており、悄然とした様子だった。
 たしかに、由美にとっても、つらい時間だったに違いない。だが、完全に水穂の言いなりとなった由美は、何をしてきただろうか。
 性器を触り、膣にスプーンを入れ、しまいには口で……。
 ぼっと顔が熱くなる。そして、恥ずかしい思いと同じくらい、怒りが、止めどもなく湧いてくる。
 おとなしいとはいっても、ちょっと弱すぎるんじゃないの……。
 その時、奈々子は、由美の持つホルダーの上に、二つの小さなビニール袋が載っているのを目にした。にわかに視界が二重にぶれ、ぎゅっと体がこわばる。
 
 そこで、由美が食い下がるように話し始める。
「奈々子、ごめん……。奈々子が可哀想で仕方なかったけど、先生が、怖くて……。なにもしてあげられなくって……」
 か細い声が震えて、先が続かなくなった。
「帰ってって言ってるでしょ! あんたの顔なんて見たくないのよ!」
 奈々子は、わずかに残っていた体力の、ありったけを怒鳴り声に変えて由美にぶつけた。
 由美は、茫然と奈々子の顔を見つめていたが、悲しげに俯いて椅子を立つと、何も言わずにカーテンの向こうへと消えた。
 
 あの子とは、もう二度と口を利かない。奈々子はそう決めた。
 そうして、おもむろに自分の衣類に手を伸ばした。下着や洋服を身に着けていく。ふと、ジーパンの左太ももの部分が湿っており、肌にぺたりと貼り付くことに気づいた。奈々子は、やりきれない溜め息をつくと、両膝を抱いて顔を埋めた。
 やけに明るい保健室の中に、彼女のすすり泣く声が響きだした。




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