堕ちた女体と
華やかな晩餐
第一章
3



 車窓の眺めはがらりと変わり、やがて、加納の運転する車が、見覚えのある邸宅の前に停まった。乗車の時と同様、加納が、ドアを開けてくれる。 
 千尋は、加納に先導されて重厚な門を通り、噴水やプールの設置された巨大な庭の中に立ち入った。南国のホテルのような豪邸が、眼前にそびえている。亜希と、使用人の加納が、ここに二人だけで住んでいるのだから、まさに贅沢の極みといえよう。
 正面玄関の前で、加納と共に亜希の出迎えを待つ。
 ほんの数ヶ月前までは、わたしが当たり前のように持っていたが、今は失ってしまった様々なものが、ここにはある……。
 千尋は、溜め息を吐いた。この期に及んでも、自分は、安城家の令嬢という身分を忘れられないでいることを、否応無しに自覚させられる。これから自分は、亜希の好意に甘え、この家に住まわせてもらう立場として、頭を下げなくてはならないというのに。

 玄関が開いた。風呂上がりとおぼしき、パジャマ姿の亜希が顔を出した。その顔に、さっと喜びの表情が浮かぶ。
「ちひろちゃん!」
「あきちゃん……」
 互いに名前を呼び合った。亜希は、待ちに待っていたとでもいう調子で駆け寄ってきて、千尋の腕を取った。
「疲れたでしょう? さっ、入って入って」と千尋を引っ張る。
 だが、千尋は足を止めた。亜希は、どうしたの、と怪訝そうに千尋の顔を見上げた。
「亜希ちゃん……。ごめんね、面倒掛けちゃって。ここに呼んでくれるって聞いた時は、すごく嬉しかった……。これから、色々とお世話になります」
 千尋は、頭を垂れる。亜希は、驚いたように口を半開きにして千尋を見つめていたが、すぐに破顔して言った。
「そんな言い方やめてよー、千尋ちゃん。わたしたち、幼なじみじゃない。千尋ちゃんは、わたしのお姉さんみたいなものなんだからっ」
 亜希の優しさと心遣いに、千尋は涙ぐみそうになった。そして同時に、安堵のようなものが胸を覆っていた。いくら歓迎してくれているとはいえ、多少は、落ちぶれた千尋のことを、軽視する部分も出てくるのではないかと、密かに案じていたのだ。それが人情というものだ。
 しかし、隣にいる幼なじみの女の子からは、そんな気配など、微塵も感じられなかった。亜希に対して、ほんのわずかでも疑うような考えを抱いたことを、とても申し訳なく感じる。
 そしてもう一度、千尋は心の中で呟いた。ありがとう、亜希ちゃん。

 亜希は、高校に上がったばかりということで、まだまだ中学生っぽい幼さの残る少女だった。
 中学の校則から解放された直後で、思いっ切り派手にしたくなったというような、オレンジ色に近い茶髪をしている。前髪は、眉のあたりで長さを揃えるように真っ直ぐに下ろし、後ろ髪だけを幾つものピンで留めていた。髪の毛の量が多いので、頭の後ろが、どことなく花火を連想させる。
 顔は色白で、ふっくらとした可愛らしい顔立ちをしている。
 クラスの人気者であることは、まず間違いないだろうと、千尋は思っていた。けれども、亜希はいつもこう言うのだった。
 千尋ちゃんみたいな、綺麗なお姉さんっぽい顔になりたい。千尋ちゃんと比べたら、わたしって、すごい馬鹿面……。
 そうして、いじけたように頬杖をつく。千尋には、そんな仕草がとても愛らしくて、亜希の頭を撫でながら言ってやったものだった。拗ねた顔が、こんなに可愛い子も珍しいけどね、と。



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