堕ちた女体と
華やかな晩餐
第二章
2



 亜希は、ソファにふんぞり返り、負け犬を見るような目で、千尋を眺めていた。幼少の頃から姉妹のように遊んできたというのに、安城家が失墜したのを機に、態度を豹変させた、この小娘。
 千尋は、怒りに体が震えそうだったが、すべての感情を押し殺して頭を下げた。
「働かせてください」
 安城家の長女というプライドを、完全に捨て去った瞬間である。腰を折った千尋の頭上に、亜希と加納のせせら笑う声が浴びせられた。

「いいよっ。千尋ちゃん。じゃあ初めに、適性検査をするから、服を脱いでねっ」
 亜希の下劣さには、吐き気を催しそうだ。適性検査なんて言葉は、あまりにもふざけきった口実である。亜希の本心は、裸になって、女として最大の屈辱を味わう千尋の姿を見たいだけなのだ。そうして、優越感やら征服感やらに浸りたいのだろう。
 だが、目の前の小娘が何を考えていようと、千尋は従うほかない。カーディガンを外し、半袖のカットソーに手を掛ける。家族一人ひとりの顔が、脳裏にちらついた。彼らに向かって心の内で言う。わたしが、犠牲になってあげるからね……。
 カットソーを首から引き抜くと、グレーの色をした綿のブラジャーが現れる。ここで間を置いてしまうと、その後が余計きつくなる。すぐに、タイトな黒のジーパンのホックを外し、太ももの下まで引き下げた。
 頬が紅潮してしまうが、何でもないことのような手つきで、両脚からジーパンを抜き取った。
 ブラジャーと上下揃いの、グレーを基調に黒いラインで縁取りされているパンツを身に着けていた。ひとりだけ下着姿になるのは、予想よりはるかに恥ずかしいことだった。すべてを脱ぐ覚悟を決めていた千尋だが、ここまでが限界だった。
 
 その時、亜希が、思いがけないことを訊いてきた。
「千尋ちゃん。その下着、いつから着けてるの?」
 意表を衝かれた千尋は、思わず亜希の顔を見ていた。
「なんでそんなことが知りたいの?」
 そう聞き返した直後、加納の怒鳴り声が、千尋の耳朶を打った。
「おい! おまえ、まだ立場がわかってないんだなあ。お嬢さまには敬語を使うんだよ。それと、訊かれたことには、すべて素直に答えろ」
 使用人である加納に『おまえ』呼ばわりされたうえに、刑務所の囚人扱いのような命令を受ける。もはや、何が何だかわからなくなってきた。
「返事をしろ!」
 非情な追い打ちに、体が竦み上がり、千尋は慌てて返事をする。
「はい。わかりました」
 どうやら、これからは、加納に対しても、へりくだった言葉遣いをしなければならなそうだ。そして、亜希の質問にも答えなくてはならない。たとえ、それが、どんなに不快な内容であったとしても。
「これは……、おとといから着けてる。……んです」
 すると亜希は、くすくすと笑い始めた。
「そんなことだろうと思ったあ。だってさぁ、股のところが、染みで汚れてるんだもん、千尋ちゃんのパンツ。安城家の娘なのに、パンツも替えられないなんてえ。惨めねえー」
 恥辱と憤怒で、火が出るように顔が熱くなった。この、クソガキ……。
「ほらあ千尋ちゃん、いつまでブラとパンツを着けてるつもりなのお? はやく裸になりなさいよ」
 怒りに震える千尋を嘲笑うかのように、亜希は余裕に満ちており、そして、どこまでも冷酷だった。
 この憎い小娘を殴りつけることができたら、どれほど胸がすっとするだろう。だが、そんなことは、空想の世界でしか叶わない。
 全裸。もうすぐ自分が、そうなるということを実感する。なりふり構ってはいられない。土下座でもして、もう勘弁してほしいと頼んだら、亜希は許してくれるだろうか。
 いや、きっと許してはくれない。許してくれるはずがないじゃないか。それこそ、裸になった時、余計に惨めな思いをするだけだ。結局のところ、他に選択肢はないのだった。
 
 千尋は、両手を背中に回してホックを外した。わざと投げやりな手つきで、肩ひもを腕から抜き、ブラジャーをぽいとソファに放った。
 最後に、泣きたくなるのを必死に堪えながら、パンツを膝まで引き下げる。とたんに、強い酸性の臭いが、その布地から立ち上って鼻を突き、千尋は、思わず手を止めた。
 グレーの股布の部分を、ちらりと確かめると、おりものが、べったりと白くこびり付いているのが、目に映る。何とも言い様のない感情に、胸を締め付けられるが、汚れたパンツを脚から抜き取り、ソファの上に手放した。
 震える両腕を動かして乳房と陰毛を隠すと、千尋はうなだれた。
 なんという屈辱だろう。悔しい……。悲しい……。とてもじゃないが、亜希のほうを向くことができない。亜希の口から、次に発せられる言葉を、戦々恐々として待つばかりだった。

「千尋ちゃん。脱いだものを全部、このテーブルに載っけて」
 唯々諾々と指示に従い、千尋は、脱ぎたての衣類をソファからテーブルに移した。さり気なく、パンツをカーディガンにくるんでおく。
 亜希は、千尋の衣類に手を伸ばした。カーディガンを選んで両手に持ち、目の前に広げる。見られたくないパンツは、はらりとテーブルに落ちていた。
「このカーディガン、かわいい。いいなぁ千尋ちゃん……」
 裸になった女の子が、それまで身に着けていたものを、いちいち鑑定するとは、なんと悪趣味だろう。そして何より、亜希が『あれ』を見逃すはずはなかった。
 案の定、次に亜希は、グレーのパンツに手を掛けた。その布地が捲り返されて、股布の部分が表に曝される。
 そこで、千尋は思わず目を背けた。だが、視界の端から伝わってくる気配から、亜希の動作や表情は、否応でも頭に入ってくる。
 亜希は、下卑た好奇心から、千尋が、丸二日間着けていたパンツの汚れ具合を、まじまじと確かめていた。あからさまに臭いを嗅ぐような真似はしないが、まず間違いなく、鼻腔に、あの臭気を感じていることだろう。
 亜希は、侮蔑の笑みを浮かべ、ちらちらとこちらに目を向けてくる。恥ずかしがる千尋の様子が、面白くて仕方がないらしい。
 情けない、と千尋は痛切に感じた。安城家の娘であるわたしが、下劣で性悪な小娘に欺かれた挙げ句、こんな辱めを受けるなんて。



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