堕ちた女体と
華やかな晩餐
第三章
4



 加納は、さっそく髪の染色の準備に取り掛かった。スーツの上着を脱いでブラウスの袖を捲り、機敏に動き回る。その姿からは、強い意気込みが伝わってきた。
 黒染めの溶液が、クシにたっぷりと付けられる。それが、千尋の頭部に当てられ、髪を後方へと流していく。千尋の髪の長さならば、一箱分の溶液で充分のはずだった。しかし、完全に黒くするためなのか、二箱使って染色が行われた。それが終わると、オールバックになった頭に、ラップが巻かれる。
 わたしは、いったい何をしてるんだろう……。幼なじみの亜希が見ている前で、全裸でシャンプー台に乗り、強制的に髪の毛を黒くさせられている……。今の自分の状況を突きつめて考えていくと、肌がぷつぷつと粟立ってくるような感覚があった。
 
 洗い流しまでの待ち時間、加納は、亜希の隣に椅子を並べ、腰を下ろしていた。
「明日は是非、あの子の手料理を食べてみたいものですね……」
 加納が、皮肉な口調で言った。
「うんっ、うんっ。千尋ちゃんの料理の腕はすごいんだよー。わたし、千尋ちゃんから色んな料理を教わったもん。……ねえ、千尋ちゃんは、パスタが一番得意なんだよね?」
 この場面にそぐわない、呆れるほどふざけた会話だ。千尋とは違い、自分たちには、明日も明後日も、穏やかな日常が続くのだということを、言われているような気がした。
 それでも、千尋は一呼吸置いて答える。
「……はい、そうです」
 その後、二人は、時々千尋を小馬鹿にしつつ、適当なお喋りに興じていた。
 
 三十分ほどして、加納が、頭のラップを取り去った。椅子の背もたれが、後ろにゆっくりと傾斜していく。
 流しの縁に首をのせた千尋は、だらりと四肢を伸ばした格好で、天井を眺めていた。全裸で仰向けにされるのは、これほどまでに心許なくて、惨めな気持ちにさせられるものなのか。今の自分の格好から、つい、生体実験や解体される死体といった、悲惨な情景を連想してしまった。
 こんなの、人間じゃない。人間がやられることじゃない……。
 洗い流しが終わり、背もたれが元に戻される。タオルを手渡され、それで髪の毛の水気を切っていった。
 つと髪の束を手に取り、目の前に持ってくる。見事なまでに真っ黒だった。自分の外見が、他人の悪意によって変えられてしまったという実感が、ふつふつと湧き上がってくる。



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