堕ちた女体と
華やかな晩餐
第四章
4



 ふいに、亜希が立ち上がった。
「さっ、今日はそろそろ寝ましょ。千尋ちゃんは、もう健康的な体しか取り柄がないんだからさ、体調を壊してもらっちゃあ、わたしも困るのよ。だから、ちゃんと布団は貸してあげる」
 亜希は、タンスからタオルケットを取り出して戻ってくると、千尋の膝に放った。
「千尋ちゃん、もう話すことはないよ。実を言うと、さっきから、ちょっと体が臭ってるのよ。不潔だから、早くベッドから離れて。それと、うちのトイレは絶対に貸さないから、何度も言うけど、おしっこやうんちは、その入れ物にしなさいね」
 そう言い捨てた亜希は、ベッドにうつ伏せに寝転び、枕元にあったリモコンをかちかちと操作した。部屋全体が急速に暗くなり、横たわった亜希の姿も、シルエットでしかなくなった。
 
 ベッドから離れろと言われても、ベッドの脚にロープで両手を繋がれているため、そう遠くに移動することはできない。
 結局、千尋は、ベッドの足側から二、三メートルほどのところで、カーペットに横になり、与えられたタオルケットを体に掛けた。その際に、そっと、千尋用のトイレとされた容器を、引き寄せておいた。
「千尋ちゃん。今日のことは、ごめんね。ひどいことしたなって、わたしだって感じてるんだ……。でも……、こんなに愉しいことは、滅多に体験できるもんじゃないとも思ってるの。だから、なんて言ったらいいのかな。もう、千尋ちゃんと、前みたいな関係には戻れないってことかな。仕方ないよね……。おやすみ」
 シルエットの亜希は、布団を被った。
 
 しばらくの間、千尋は夢うつつの状態で、何も考えられなかった。だが、静かになり、しだいに思考が回りだすと、精神的な衝撃の傷口が、ばっくりと割れて、広がっていくのを感じた。
 さっきまで、千尋は思っていた。ずっと前から、亜希は内心、千尋に対して、嫉妬などの歪んだ感情を持ち続けていたのだ、と。だが、それは違った。ほんの数ヶ月前まで、亜希が千尋に向ける、あどけない笑顔は、なんの混じり気もない純粋なものだったのだ。
 しかし、安城商会の破綻、千尋の凋落を機に、亜希の中に、小さな悪意が芽生えた。その悪意は際限なく膨らんでいき、その果てに、亜希は、裏の顔を持つようになった。先程、千尋の乳房を鷲づかみにしている時に表れた、あの怖ろしい笑い顔だ。
 亜希自身も、自分の心の変わりように、戸惑いを感じているらしい。だが、そこで、亜希は開き直ったのだ。快楽を得られるのなら、誰に何をしようと構わないと。たとえ相手が、姉のように慕っていた千尋だとしても。
 もしかしたら、大富豪の令嬢として、徹底的なまでに甘やかされて育った環境が、そんな自己中心的な思考を生ませる、温床となっていたのかもしれない。我慢というものを知らない、自分を中心に世界が回っていると思い込んでいる、お嬢さまだから。
 なんだか、もっとも救いのない結論に、行き着いてしまった思いがする。そして、人間というものが、何かのきっかけで、これほどまでに人格が変わってしまうという事実に、千尋は、心の底から戦慄した。



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