堕ちた女体と
華やかな晩餐
第五章
6



 わずかの間、対応に困るような顔をしていた朱美が、はあっと、ため息を吐いた。
「ねえー、ちょっと、亜希ちゃーん。わたしさあ、女体盛りっていうから、もっと、なんていうか、モデルみたいな、綺麗な人が出てくるのかと思ってたのにぃ」
 耳を疑うような言葉に、千尋の意識は鈍く貫かれた。
 にょたい、もり……。

「ええ? 朱美ちゃん、千尋ちゃんじゃあ、不満?」
 亜希は、苦笑いを浮かべて訊く。
 朱美は、拗ねるように唇を曲げた。
「不満っていうか……、そもそも、何なの、この人の髪型。あり得ないくらいダサいんだけど……。それに、なんか、おどおどしちゃってるし……。見た目とか態度とか、そういうの全部ひっくるめて、ダサい」
 すでに朱美は、千尋の人権など眼中にないようだった。自分に仕える立場の人間に対しては、何を言っても許されると思っているのだろうか。しかし、今は、それに腹を立てている場合ではない。

「千尋ちゃんの髪型は、色々と事情があったのぉ。千尋ちゃんは、女体盛りやってくれるんだから、あんまりひどいこと言っちゃダメだよ。朱美ちゃんだって、女体盛りに興味あるって、言ったでしょう?」
 亜希は、ふくれっ面のような表情で話している。
「たしかに言ったけどさ……」
 朱美は、もう一度、納得のいかない顔で千尋を見やる。
「千尋ちゃん、ごめんね。千尋ちゃんに断らずに、こんな計画立てちゃって。でも、千尋ちゃんなら、きっと、やってくれると思ってたからぁ……」
 語尾と共に、亜希の目つきに、底無しの悪意が宿っていくのが、千尋には見えた。
 
 千尋は放心状態で、言葉を失っていた。
 亜希や朱美や白いテーブルの入った視界が、霞んで見える。自分の裸体が、その白いテーブルの上に、仰向けに横たわっている光景を想像する。そして、豪勢な料理の数々が、乳房や腹部、太ももなどに載せられる。亜希と朱美が、そこに箸やホークを伸ばしていく……。
 想像しているうちに、意識が遠のきそうになった。そんなこと、ぜったい、できない……。
 
 その時、すっと隣に寄ってくる気配があった。脅すような低い声がし、それが加納だとわかった。
「やって差し上げられるでしょう? 千尋……」
 その声には、さっき、廊下で与えた警告を憶えているわね、という響きが含まれていた。
 千尋は、心臓を締めつけられるような思いで返事をした。
「はい……。やります……」
 すると、わっと亜希が手を叩きだした。
「やっぱり! ありがとう、千尋ちゃんっ」
 あどけなさを装ってはしゃぐ亜希の一方で、まだ朱美は、探るような目つきで千尋を眺めていた。

「そこでね、千尋ちゃん……。千尋ちゃんの女体盛りを記念して、千尋ちゃん本人のおしっこで、乾杯をするってことにしたの。粋なアイデアでしょっ?」
 耳には入っているが、亜希の話す内容が、途方もなく現実味を欠いているせいで、千尋には、その状況が想像できなかった。
 亜希が、何か得意気な様子で話を続けている。
「で、乾杯するだけで、まさか本当にそれを飲むなんてことはしないんだけど、一応、新鮮なのがいいわけよ。だからあ……、ガラスのトイレをここに持ってきてさ、……おしっこ、出してよ、千尋ちゃん」
 亜希と朱美が、けばけばしいアイメイクを施した目で、千尋を凝視している。そして隣では、加納が目を光らせているのを、ひしひしと感じる。
 ほどなく、亜希の話の内容が、実感として襲ってきて、千尋は戦慄した。
「へっ……へえぅ……」
 千尋は、小さな嗚咽を漏らしていた。



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