堕ちた女体と
華やかな晩餐
第六章
5



「千尋……。これに入れなさい」
 加納が、ワイングラスを差し向けた。グラスを右手で受け取り、顔の前に持ってくる。
 うそ……。いや、こんなことって……。
 人間としての誇りをすべて捨てなくては、到底、この地獄からは抜けられないことを、千尋は思い知らされた。
「ええううぅ、うう……」
 感情を司る脳の部分が痙攣したかのように、知らず知らずのうちに、千尋は奇妙な声を漏らしていた。
 
 加納も、亜希の隣の席に座り、千尋の放尿を鑑賞する態勢に入る。
「あ、ねえねえ、朱美ちゃん。ちょっと、これ見て……」
 亜希は、いきなり千尋の股へと手を伸ばしてきた。その指が、おしりの肉、それも極めて肛門に近い部分に触れた。
「いやっ」
 弱々しい悲鳴と共に、千尋は、腰を少し浮かせていた。
 何のつもりなの……。そう亜希に目で問いかける。すると、虫酸の走ることに、亜希は残念そうな顔をして、こちらを見つめ返してくる。
「こらこら、なんで逃げてるの、千尋。体勢を元に戻しなさい」
 加納は、千尋の右脚のすねをつかんだ。ぎりぎりと力を入れてくる。怒鳴ったり叩いたりする代わりに、このような方法で、千尋を従わせようとしているのだ。
 千尋は怖気をふるい、腰を落とした。
 
 そこでもう一度、亜希が、股間に手を伸ばしてきた。同じように肛門のあたりに触れられたが、もはや逃れることはできなかった。
「朱美ちゃん、ちょっと、これ見て……」
 亜希は臆面もなく、千尋が嫌がったために中断した、行為の続きを再開したのだった。すると、朱美までもが、千尋の膝に手を置き、それを支えに身を乗り出した。開脚した千尋の股間を、じっと注視している。
 亜希は、下卑た薄笑いを浮かべながら、おしりの肉を、ぐいっと外側に引っ張った。
「ここ、ここ……。うんちしたあとに拭いてないから、おしりが茶色く汚れてるのぉ」
「うわあ、ホントだあ……。この人、こんなんで気持ち悪くないのかなあ?」
 普通の感覚じゃ理解できない、とでも言いたそうに、朱美は呟いた。
 千尋は、前方の一点に目を向けたまま、血の逆流するような汚辱に、ただただ耐えていた。
 
 おしりから手を離し、亜希が言う。
「そろそろ出して、千尋ちゃん。ほら、ワイングラスをもっと下げないと、おしっこを入れられないでしょ」
 右手に持っているグラスは、腹の高さにあった。
 千尋は、浅く荒い息を吐きながら、グラスを性器の下へと動かしていった。手が激しく震え、取り落としてしまいそうになる。手の震えで安定しないせいもあり、小さなグラスの口に入れるのは、困難に感じられた。そもそも、至近距離で見られている状況で、尿など出せる気がしない。
「うわー。千尋ちゃんったら、ぶるぶる手が震えてるう。緊張してるのお?」
 亜希が、追い打ちを掛けてくる。
 明らかに正常ではない千尋の様子を見ていた朱美が、亜希に向かって言う。
「ねえー。この人、ホントに出せんのお?」
「やってくれるよお、千尋ちゃんは。だって、これが仕事なんだから」
 亜希は、きっぱりと断言した。
「ふーん」
 朱美は、半信半疑のように唇を突き出し、ぞんざいな手つきで、千尋の片脚を外側へと引いた。性器を見やすくするために、そうしたのだ。
 朱美は、しみじみとした口調で言った。
「なーんか、変なきぶーん。知らない女の子のアソコを、生で見てるのって……。でもやっぱり、他人のって汚らしいねえ」
 朱美の言葉は、千尋を傷つけてやろうという、悪意のもとに吐かれているわけではないと、千尋は感じている。ただ単に、千尋のことを、人権に配慮する必要のない下等な女と見なし、歯に衣着せぬ本音を口にしているだけなのだろう。
 しかし、逆にその、ある意味客観的な言葉は、千尋の胸に突き刺さった。そして、その胸の痛みは、女としての根源的な悲しみに変わっていった。
 人前で裸になり、性器を晒しているという現実。普通に考えれば、それだけでも、有り得べからざる出来事なのだ。ましてや、尿を出すところを、人に見せるなど……。完全に、狂っている。
 
 千尋は、深く息を吸い込んでから、亜希を睨んだ。
「でません。とても出せません……」
「えっ……?」
 忌々しいことに、亜希は、わざとらしく悲しげな眼差しを作っていた。
「そんなあ、千尋ちゃん……。みんな待ってるのに、それはないよお……」
 ふざけた物言いに、はらわたが煮えくり返る。いっそ、この小娘の顔にワイングラスを叩きつけ、罵声を浴びせてやりたい。
 沈黙を通そうと決意した時、千尋は、足の甲に痛みを感じた。そっと見やると、そこに、加納が爪を立てていた。
 加納は、じりじりと皮膚を引っ掻きだした。皮膚が削れていく。血が滲んできそうだった。
 痛い……。痛い。本格的に痛くなってきた。
 この女は、いったい……。千尋は、加納に目を向ける。そこには、千尋の態度を責める、凍てつくような双眸があった。
「出せないんじゃしょうがないわねえ……。でも、待ってて下さった朱美さまに申し訳ないから、ちゃんと謝罪をしなさい。廊下で言っておいたとおり、しっかりとした誠意を見せてね。そうしよっか、千尋……?」
 誠意……。
 ずきり、と足の甲に痛みが走る。見ると、うっすらと血が滲み始めていた。血だ……。
 千尋は、傷つけられた足を呆然と見ていた。だが、次の瞬間には、急激に体温が低下していくような感覚があり、ぷつぷつと肌が粟立った。
「いえ……。だせます、わたし、やります……!」
 誓いの言葉が、口を衝いて出ていた。
 加納は、そこで指を止めた。
「そうよね、千尋。これは、おまえの仕事なんだから、できないなんて言えないはずよ。さ、責任を持ってやりなさい」
 
 千尋は息を呑み、股の下にあるグラスに目を移した。手が震えているため、グラスは常に揺れている。
 千尋は覚悟を決め、膀胱に力を込めた。けれども、一向に尿は出てこない。何か、体の奥底にある、取り除ききれない羞恥心が、放尿を阻止しているように感じられる。
 そんな千尋に焦れたのか、突然、亜希が、臍の下に手を宛がってきた。
「手伝ってあげるよ、千尋ちゃん。みんな待ってるんだからあ……」
 苛立ちのこもった声で言いながら、千尋の下腹部をポンプのように押し、膀胱を刺激する。
「うっ……、ううっ……」
 恥辱の喘ぎが、口から漏れる。
 
 その時、反対側から、棘のある声が千尋にぶつけられた。
「ねーえ、いつまで、このうんちの臭い嗅がせるつもりなの!? 早く出してさあ、この汚い入れ物、片付けてほしいんだけど。あんたさあ、本当に、おしっこできんの!?」
 その口調に、千尋は竦み上がった。千尋に対し、朱美が直接文句を言ってきたこと自体、これが初めてなのだ。
 朱美のけばけばしい両眼を見ながら、千尋は答える。
「はい……。やります、すみません」
 年下の生意気そうな令嬢に怯えさせられる情けなさ。またぞろ、以前のわたしだったら、という思いが脳裏をよぎり、余計に悲しくなる。
 朱美は、千尋の顔に向けていた視線を、下のほう、性器へと移した。汚らしい、などと言ったくせに、尿が出る瞬間は、見逃さないようにしようという様子である。
「ほら、千尋!」
 加納が、鋭い声を上げた。千尋のせいで、朱美の機嫌が悪くなったことに対し、相当怒っているらしいことがわかる。
 もはや、やるしかなかった。

「あっはあぁぁ」
 己の感情を断ち切るように、千尋は、魂を声に変えて吐き出した。
 下腹部が、じんわりと温かくなる。
「あ! ようやく出てきたあ!」
 亜希が嬌声を上げ、千尋の下腹部から手をどけた。
「でも、この人、グラスのほう見てないから、全然入ってないし……。っていうか、この人、なんか、目がいっちゃってる……」
 朱美が、苦笑して言った。
 千尋は、焦点の合わない目を前方に向けた状態で、膀胱から絞り出すように放尿していた。
「おーい、千尋ちゃん、グラスに入れなきゃ、駄目だよーう」
 亜希に肩を叩かれ、千尋は視線を落とした。グラスの中は空のままで、それを持っている腕が、びしょびしょになっている。
 千尋は、荒い息を吐きながら、がたがたと震える手を動かし、グラスに尿を溜めることに意識を傾けた。それでも、尿を出し尽くした時点で、グラスの半分も満たされていなかった。
「もう出なぁい?」
 亜希が訊いてくる。
 千尋はこくりと頷いた。無我夢中でやったことだった。後ろの穴からも、便が出かかっていた。



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