堕ちた女体と
華やかな晩餐
第七章
1



 アスパラやレタス、アボガドなどの前菜が、乳房の谷間に載せられた。
 テーブル上に、冷凍した魚のように横たわった千尋の裸体を、亜希と加納が眺めている。どこに何を配置するとよいか、見た目のバランスや利便性などを、それなりに考えているらしい。
「千尋ちゃん、ちょっと、気をつけして。動いちゃダメだよ」
 亜希に命じられ、千尋は、両腕を胴体にぴったりと付けた。亜希は、千尋の腕に、チーズをサーモンで巻いた一口サイズのつまみを並べていく。
「千尋、太ももをぴったりと付けなさい」
 加納は、両脚の太ももから足首にかけて、三種類のフランスパンを置いていった。千尋の脚は、真っ直ぐで綺麗な形状をしているため、パンの列も整然としていた。
 
 そうして千尋は、ほぼ金縛りの状態にさせられ、動かせるのは首から上だけという有様だった。千尋の呼吸のリズムに合わせて、乳房に配された前菜が上下している。窮屈というより、息が詰まりそうだった。
 だが、自分の体が、女体盛りなどという猟奇的なイベントの『器』として、利用されていることについては、どこか他人事のようにさえ思われた。まともな感覚だったら、裸の体に食べ物が盛られていく過程は、ほとんど拷問のように感じることだろう。
 さっき、心のヒューズが飛んでしまったのは、よかったのかもしれない。千尋は、ぼんやりとそんなことを思った。それにしても、わたしのことを、よくもまあ、ここまで追い込んでくれたものだ……。
 
 ひとり席に着いている朱美は、控えめな笑みを浮かべ、それを眺めていた。趣向を凝らしたこの持て成しに、そこそこ満足しているふうである。さながら、少女の前に、全裸の少女が、生け贄として差し出されているかのような様相を呈している。莫大な財力を誇る瀬名川家の令嬢だけに、朱美には、同年代の女の子たちにはないような経験が数々あるだろう。だが、これほど非日常的な光景を目の当たりにするのは、初めてに違いない。
 
 腹部に、白身魚と貝のムニエルが載せられると、千尋は、その熱さに思わず悲鳴を上げ、体を動かしていた。腕に載っていたつまみが、ぼとぼととテーブルに落ちる。
 加納が、じろりと睨めつけてくる。
「すいません……。あの、熱かったんで……。もう少し冷ましてから載せてもらえませんか?」
 千尋は、これ以上ないほど丁寧な口調で言った。
「何を馬鹿なことを言ってるの、千尋。朱美さまに、お出しする料理なのよ。冷ませるわけないでしょうが。おまえ、お客さまをお持て成しするという自覚が、足りないんじゃない?」
 加納は歯牙にもかけず、鼻で笑った。
 その非情さに、千尋は言葉を失った。だが、頼みが聞き入れられない以上、耐えるしかない。
 
 三人分の熱い白身魚が腹部に載せられる。やはり熱い。けれども、耐えられないこともないような気がする。火傷の跡も、そんなにひどくはならないだろう。
 朱美が、まだ十五、六の小娘とはいえ、客人を招いた夕食会とあって、千尋の裸体に盛られた料理は、どれも高級なものばかりだった。庶民の感覚であれば、女体盛りにして食べるなどという粗末な食べ方は、とてもできないだろう。この夕食会は、まさに金持ちの悪趣味な道楽としか言い様がない。

「亜希ちゃーん。この辺り、ぽっかり空いてるんだけど、何か載せないのー?」
 朱美は、千尋の体を指差している。今、白身魚と貝のムニエルが載せられた隣、へその周辺から陰毛の生えぎわにかけての部分だ。恥丘のそばということもあり、朱美の顔には苦笑いが浮かんでいた。
「はい。そこには、千尋自身の手料理を盛りつけます。パスタなんですが、その子の自慢の料理らしいので、是非、お味をお確かめになってください」
 加納は、有能な社長秘書のように答える。
 この日の昼間、加納に命じられて作ったペペロンチーノのことだ。わたしの体に、あれまで載せるつもりなのかと、千尋は、もはや自虐的な笑いすら浮かべそうになった。
 
 間もなく、千尋お手製のパスタが、体の一番際どい部分に盛られた。
 シャンデリアの輝きを、千尋は、見るともなしに見ている。意思を発することもできず、ただ呼吸を繰り返すだけの、わたし……。もう人間ではなくなってしまった気がする。
 わたしは、人間の形をした『なまもの』みたいなもので、この部屋にいる女たちに、わたしの体に載っている食べ物と一緒に、わたしの肉体も貪り喰われてしまうのではないだろうか……。



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