堕ちた女体と
華やかな晩餐
第七章
2



 亜希と加納が揃ってテーブルのかたわらに立ち、自分たちの創り上げた芸術品を満足そうに見下ろしていた。千尋の首から下は、乳房の先端や陰毛の茂みを除いて、色とりどりの料理で飾り付けられている。
 朱美が、感嘆の声を上げた。
「あー、なんか、すごーい。こうして見ると、綺麗なもんだねえ」
「朱美さまに気に入って頂けて、とても嬉しいです」
「うん、わたしもー。今夜の『これ』は、朱美ちゃんのためにやったんだもん。さっ、乾杯しよ!」
 三人とも席に着き、彼女たちはグラスを手にした。その中には、千尋が人間としての誇りを捨てて排泄した、尿が溜まっている。千尋を囲む三人の女の顔には、揃って、背徳感をくすぐられているような薄笑いがあった。
 亜希が、おもむろに切り出した。
「えっと……。じゃあ、千尋ちゃんの女体盛りっていう、なんか特別な、愉しい晩餐に乾杯しまーす。はい、カンパーイ!」
 加納と朱美も嬉々として乾杯を唱和し、三つのグラスが合わさった。
 シャンデリアの輝きを背景に、かちかちと触れ合うグラスの中で、黄色い液体が揺れる。
 千尋は目を見開き、その光景を凝視していた。

「よしっと……。まあ、千尋ちゃんのおしっこは、あくまで乾杯のためのものだから、はじっこにどけておきましょう」
 亜希と加納のグラスが、テーブルの端に置かれる。だが朱美は、自分のグラスを、千尋の頬の横へと押しやった。
「女体、あんたの飲み物は、これだから」
 朱美は、鼻に掛かった声でそう言った。『にょたい』という言葉が、千尋のことを指しているのは明らかだった。
「喉が渇いたら、女体は、これを飲みなさいね。今、飲む? 体を動かせないなら、わたしが飲ませてあげようか?」
 朱美は、千尋を『女体』と呼ぶことにしたらしい。同じ人間として扱う気がないことを、如実に物語る呼び方だった。そして、ついに自ら、千尋への嫌がらせを始めたのである。亜希や加納と違い、これまでは、千尋に対して傍観者の姿勢だった朱美が。
 それを見ていた亜希は、目を輝かせて笑った。朱美が、同じ快感を共有できる同志だとわかり、嬉しくて堪らない様子だった。

「千尋、朱美さまに訊かれてるんだから、黙ってないでちゃんと答えなさい」
 加納も、得意げな様子で朱美を後押しする。
「いえ、飲みたくありません……」
 千尋は、仕方なく答えた。
「あーそう……。客のわたしが勧めてんのに、飲まないって言うんだ? ねえ、試しに、一口飲んでみてよ」
 ぴたりと頬にグラスを付けられる。自分の尿の臭いが、鼻孔に流れ込んでくる。
「すみません……。飲めません」
 千尋は、蚊の泣くような声で言った。
「女体、仕事でしょーう? あんた、客の言うことが聞けないわけ?」
 朱美は、ますます付け上がってきた。
「おねがいです……、朱美さま。やめてください」
 すると朱美は、にたりと白い歯を覗かせ、グラスをテーブルの端にやった。おそらく、千尋に理不尽な嫌がらせをし、許しを乞われるという体験を、一度してみたくなったのだろう。
 驚きはしない。やっぱりな、と千尋は思う。朱美に指先で頬を突かれた時から、こうなることは予想していた。
 ちょっとした意地悪な気持ち。朱美の中にも、それが芽生えていたのだ。きっと、その小さな悪意は、この状況下で際限なく膨らんでいくだろう。惨めな裸の女が、目の前に横たわっている状況では。
 元から、朱美は、どちらかといえば性格の悪い部類に入る少女だっただろうと、千尋は推測する。けれども、仮に朱美の席に座っているのが、他の誰かであったとしても、結果は同じだったのではないか。人間なんて、そんなものだと、今となっては思う。千尋に救いの手を差し伸べるような人間ならば、最初から、その席には座っていない。
 
 亜希と朱美はフルーツサワー、加納はワインを飲んでいた。
 旨そうにサワーのグラスを傾ける亜希を、千尋は横目で眺めた。これまでに、千尋の前で亜希がアルコールを口にしたことは、一度もなかった。だから、そのうち、この子に酒を教えてやろうなどと、わたしは考えていたっけ……。
 三人の箸やフォークが、千尋の裸体に載った料理を取るために、肌をつつき始める。乳房、腕、腹部、太もも……。千尋は奥歯を噛みしめ、その嫌悪感に耐えていた。

「千尋ちゃんの作るパスタは、ホント、おいしい。ねえ、懐かしいよねえ、わたしたち二人で、色んな料理作ったじゃない。これから当分、千尋ちゃんは、この家にいるんだから、いつだって一緒に料理できるね……」
 亜希は、パスタを口に含んで言った。そして、くすっと笑って付け加える。
「料理する時にも、千尋ちゃんには服を着せてあげないけど、また色々と教えてねっ」
「でも、女体盛りに、女体自身が作った料理を載せるって、なんかおもしろーい」
 パスタを巻く朱美のフォークが、へその下の柔肌を容赦なく刺激する。
 今の亜希の言葉が、千尋の胸に鈍く刺さっていた。亜希と二人、仲睦まじく料理作りに励んだ過去が、にわかによみがえってくる。
 千尋の下腹部に盛られたペペロンチーノ。それも、亜希にレシピを教えながら一緒に作ったことのあるものだった。そういった思い出までも、亜希が、千尋に対する当てつけとして利用しているのは明白だった。
 心の内に、一粒の涙がこぼれ落ちる。なんで、こんなことになっちゃったんだろう……。
 しかし、そこで千尋は思考を止めた。考えないほうがいい、何も。
 今は、感情が、薄い膜に包まれているかのように茫漠としている。さっき、心のヒューズが飛んでしまったためだ。もし今、その膜に亀裂が走ったら、感情が噴出し、自分でも、どうなってしまうかわからない。



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