堕ちた女体と
華やかな晩餐
第七章
5



 千尋の愛液と大便の残滓が付着したつまみを、朱美は、自分の顔の前に持ってきて、まじまじと眺めた。苦笑いの表情が、一層苦々しげになる。
「うっわ、きったなーい。チーズが変な色になってるし……。これ、どんな味がするんだろう……。はい、女体、味見して」
 朱美は、当然のことのように、それを千尋の顔に突き出した。
 千尋は、不快感を表すこともせず、無抵抗に口を開けた。まだ、亜希に入れられた前菜も残っている口の中に、それが押し込められる。
「ちゃんと飲み込みなさいよ。吐き出したりしたら、許さないからね」
 朱美に言いつけられ、『味つけ』された前菜とつまみを、ゆっくりと噛み始めた。本来なら、決して味わうことのないものが、喉に流れ込んでくる。胃液が逆流しそうだったので、その味を、なるたけ意識しないようにした。

「女体、どーう? あんたの、いやらしい汁とうんちで、ミックスされた調味料の味は? おいしい?」
 返す言葉も思い浮かばす、千尋は、黙って噛み続けた。
 すると、朱美は舌打ちし、眉間に何本もの皺を刻んだ。いきなり千尋の顎をつかむと、頭部を揺すってきた。
「なんなのー、あんた、訊かれたら答えろよなー、それが、お客に対する態度かよー、なあー?」
 どうやら、こっちのガキも、ずいぶんと酒が回っているようだ。
「へんな……、へんな味が……、します」
 ふん、と朱美は鼻で笑い、今度は、頬をつかんできた。
「変な味かあ、ざーんねん……。おいしいんだったら、わたしたちも、女体特製の調味料を付けて、何か食べたかったのになあ……」
 そう言いながら、頬に宛がった指を閉じたり開いたりし、千尋の顔立ちを崩して愉しんでいるようだった。焦点の合わない目で宙を見つめたまま、朱美の指で唇を窄められ、千尋は、間抜け面を晒していた。
 亜希が、握った拳を口もとに当て、せせら笑っている。
 
 そこでふと、朱美が、意外な発見をしたような表情をした。
「あっ……。ねえねえ亜希ちゃん……。女体ってさあ、よくよく見ると、結構美人かもしんない。ダサい髪型してるからブスだと思い込んでたけど、顔だけ見ると、かなり綺麗かも……」
「そうだよっ、千尋ちゃんは可愛いんだよー。あ、ちょっと待ってて……」
 亜希は、得意げな様子で席を立った。
 ソファに置いたバッグから携帯電話を取り、ばたばたと戻ってくる。なにやら携帯のボタンを操作し、液晶の画面を朱美に向けた。
「ほらっ、これ、何ヶ月か前までの千尋ちゃんだよ!」
 朱美は、その画面をじっと見つめ、驚きの声を発した。
「うっそ、可愛いじゃーん、女体! この子がこの女体だなんて、ぜーんぜん思えなーい!」

「千尋ちゃんも見て、ほら……。わたしたち、仲良く写ってるでしょう?」
 亜希は、千尋の眼前に携帯をかざした。
 携帯の画面には、寄り添って笑う亜希と千尋の顔があった。亜希の髪が、今と同じオレンジ色に近い茶髪なので、きっと、最後に会った時のものだろう。そうだ。後ろの景色に見覚えがある。グランドホテルの高級ケーキ店に行き、そのまま最上階の展望台に上った時に、撮ったものだ。
 栗色の髪の毛を、モデルのようにふわりと下ろした女の子が、千尋だ。純粋に笑っているというより、少しばかりいたずらっぽい目つきをし、色っぽく見せていた。
 隣の亜希も、そんな表情を作ってはいるが、千尋の色気には到底及ばない。年の差もあるだろうが、そもそも、素質が違う。もちろん、今、亜希と似たり寄ったりの化粧で、背伸び感の滲み出る、朱美なんかとも。
 亜希と朱美への憎しみもあって、千尋の脳裏には、そんな思いが渦巻いていた。
 
 今、亜希の携帯を、加納が手に取って眺めていた。
 加納は、どこか不愉快そうな表情だった。もしかすると、まだ十代の小娘である千尋を、丁重に扱わなくてはならなかった過去が、思い出されたのかもしれない。
 加納は、携帯の画面と、無惨に裸で横たわる千尋とを交互に見て、にやりと笑った。ざまあみろ。その冷たい目は、そう語っていた。

「えーっ、でも、でも、わかんない……。なんで女体は、こんなふうになっちゃったわけ? 亜希ちゃんとも、すごい仲良さそうにしてるし……」
 朱美が、当然の疑問を口にした。
「べつに、わたしは千尋ちゃんと、喧嘩とかしたわけじゃないよ……。これには事情があって、話すと長くなっちゃうからさっ」
 亜希は、扇ぐように手をひらひらと振った。
「ふーん……」
 まだ不思議そうな顔をしている朱美だが、それ以上は訊かなかった。
 さすがの朱美も、亜希と千尋の間に起こった出来事の顛末を知れば、衝撃を受けるに違いない。そして、恐怖すら感じるだろう。亜希が、自分の快楽のためなら、平気で人を裏切るような人間だということに。
 朱美に、もう少し頭の回転があれば、そこまで気づいたはずだ。だが、野暮ったい黒髪の少女は、ぼんやりと小首を傾げ、変わり果てた千尋の姿を眺めているだけだった。

「千尋ちゃんの家は、たいへんなことがあったんだよねえ……? だから、こうやって働くのは、しょうがないことなんだよねえ……?」
 亜希は、うっとりとした顔で、囁きかけるように言った。
「千尋、おまえはもう、前みたいに遊んでいられる立場じゃあ、ないんだからね。ここでの仕事のことだけを、考えるんだよ。仕事ぶりが認められたら、家のトイレで排泄することぐらいは、許されるようになるかもしれないから、しっかりと頑張りなさい」
 加納は、そう言いながら、千尋の太ももをつかんで揺すった。それに合わせ、前菜の汁気に濡れた陰毛が、藻のように揺れていた。



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