バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
プロローグ〜消えた合宿費
2



「ラストぉ! 一本ずつ!」
 南涼子は、声を張り上げた。低くてもよく通る声が、体育館に響き渡る。
 オオーッ、と部員たちも大声で応える。
 自分の番のトスが上がると、涼子は、再び全力でスパイクを打ち込み、エースアタッカーとしての力量を見せつけた。
 焼けるように熱い息を吐き出し、両手を膝につく。Tシャツとスパッツは、汗でぐっしょりになっている。
「二、三年、サーブカットはじめて! 一年、ダッシュ五十本!」
 涼子は、次に行う練習を指示した。一年生部員たちは、畏怖の混じった声で返事をする。
 この高校のバレー部もご多分に漏れず、夏に三年生が引退するまでの間、ほとんどボールを触ることのできない一年生には、まず徹底的に基礎体力を付けさせる。むろん、涼子も、それを当然のことと考えていた。
 体力や筋力がなかったり、声出しのできないような部員は、試合では使い物にならない。それが涼子の持論である。

「りょーちーん……。スパイクのぉ、調子ぃ、絶好調じゃーん」
 ひとり紺色のジャージの上下を着込んだ部員が、いたずらっぽく笑いながら声を掛けてきた。バレー部のマネージャー、竹内明日香である。
 相変わらず間延びした喋り方だなと思い、涼子は苦笑した。
「ええー、そうかなあ……」
 涼子は、軽くとぼけて見せた。
「そうだよぉ……! だって、だって、スパイクの音、すっごいんだもん……。大会がたのしみぃ。あたしぃ、りょーちんが活躍するとこぉ、早く見たーい」
 明日香は、『りょーちん』と涼子のことを呼ぶ。ちなみに、その愛称を使うのは、明日香だけだった。
 その賞賛ぶりに、さすがの涼子もくすぐったくなっていた。
 
 竹内明日香は、モデルのような美貌とスタイルを持った少女だった。ゆるいウェーブの掛かった、栗色のミディアムヘア。色白でほっそりとしており、どことなく小悪魔っぽい色気の印象を与える目鼻立ちをしている。その容姿は、まさにフランス人形のようという形容がぴったりである。
 
 約一ヶ月前、明日香は、突然、面識もない涼子のもとに現れ、バレー部のマネージャーに興味があると言ったのだった。バレー経験もないという明日香の話を聞き、涼子は、つい首を傾げた。
 まず何よりも、校則では禁止されている髪の染色とパーマだ。校則も守れないような子が、部活の雑用的な仕事など、出来るものなのだろうかと、懐疑的な思いを抱いた。それに、偏見かもしれないが、明日香のちゃらちゃらとした容姿や仕草などを見ていると、部活よりも、男の子と遊んでいるほうが、お似合いだという気がした。
 ところが、二週間もしないうちに、そういった考えは完全に改められることとなった。
 明日香は、見た目とは裏腹に、驚くほど献身的に尽くしてくれた。一年生部員に交じって球拾いをし、ボール磨きやフロアのモップ掛けも忘れない。さらには、練習後のマッサージまで買って出た。これは後輩に対しても行われ、一日に数人ずつ行われ、大好評だった。
 涼子も、初めのうちこそ、そこまでしなくていいよ、と遠慮していたものの、今では、床にうつ伏せになると、明日香の手に、すっかり身を委ねてしまっている状態だった。練習でぱんぱんに張った肩やふくらはぎの筋肉を、優しい手つきで揉みほぐしてもらっていると、その気持ちよさに、つい、うとうとしてしまう。
 キャプテンという立場上、涼子は、特に後輩の部員に対しては、厳しい態度で接することが多い。だが、明日香を叱るようなことは、一度もなかった。
 涼子は、マネージャーとして、また仲間として明日香を受け入れた。もちろん、明日香は、他の部員たちの信頼も、しっかりと勝ち得ている。だが、後輩たちにとっては、それだけではなかった。
 憧れである。
 なにしろ、街を歩けば人が振り向くような美貌なのだから、当然かもしれない。
 けれども、決してうぬぼれるわけではないが、涼子も、自分が、部員たちに憧れの眼差しで見られていることを、よく知っていた。自然な流れとして、涼子と明日香は、しばしば比較されているのだ。
 後輩たちの言葉を借りると、『南先輩は厳しくてかっこいいお姉さんで、竹内先輩は優しくて可愛いお姉さん』なのだという。



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