バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二章〜憧憬と悪意
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 約三ヶ月前の四月。
 三年に進級し、二年時にクラスメイトだった明日香と別々になり、涼子と同じクラスになった。
 
 前の年、つまり二年の時は、運が良かった。あの明日香と、早々に仲良くなれたのだから。
 テレビに出演するモデルとも遜色のない容姿の明日香は、むろんクラスでは、ずば抜けた可愛さだった。真顔の時は人形のようで、少々、人間味が感じられないほどの、ひんやりとした美貌の顔に、しょっちゅう、おどけた笑顔を浮かべる。
 校則違反に当たる、髪の染色とパーマについても、日本人離れした顔立ちにはぴったりで、生徒はもちろん、教師も注意を与えられなかった。きっと、美しく整ったものに文句を付ける行為は、自分の存在を卑小にするだけだという無意識が、教師たちのなかにもあったのだろう。だから、明日香の校則違反に関しては、目を逸らしていたのだ。

 そんな明日香と友達になれたのなら、もう、クラスの上流グループに入れたも同然だった。その年の一年間は、初めの二週間で、どのような仲間とグループ関係を作れるかで決まる。
 自分には、特別な魅力もなく、これといった特技もない。そんなことは百も承知だったが、見栄っ張りな香織は、是が非でも上流グループに加わろうと奔走した。ブス、デブ、奇行者、根暗とは、決して口を利かない。
 努力の甲斐あって、香織は、明日香と同じ輪に入り込むことができ、その一年を『明るく』過ごせたのだった。時には、下流グループを見下したり、わざと聞こえる声で嫌味を囁いたりしながら。
 しかし、信頼や固い絆などといったものは、望むべくもなかった。
 放課後には、連れ立って駅前や歓楽街に繰り出し、しばしば他校の男子生徒と交流を持ったが、彼らの目当てが明日香だけであることは、グループ内の誰もが承知していた。当然、嫉妬や劣等感の空気が常にグループを覆っていた。香織も、明日香が男たちの前で、容姿に対する自信に裏打ちされた、挑発的な振る舞いをする姿には、幾度もへどが出そうになっていた。明日香が、取っかえ引っかえ男と遊んでいる間に、香織には、ひとりの彼氏もできなかったのだ。
 それでも明日香と一緒につるんでいたのは、高校生活なんてそんなものだという、一種の諦めにも似た価値観を、香織が持っていたからだ。可愛くて派手な友人と共に行動し、なんとなく華やかな気分を味わっていれば、それでいいのではないか。
 
 そんな中、香織たちと同様に、無為なのか充実しているのかも判然としないふうに、街でぶらついている一学年下のグループと、たびたび接触するようになった。
 そこに、石野さゆりがいた。さゆりは、髪型もごく普通のストレートで、一見したところでは地味にすら映るのだが、よくよく見ると、かなり綺麗な顔立ちをしていた。そして、人と目が合う時には、いつも口元に、うっすらと微笑のようなものを滲ませているのだった。そんな表情と、どこか挙動不審にも思えるひょうきんな仕草とが相まって、さゆりには、ミステリアスな印象があった。
 グループ内の中心人物でもなく、目立った発言もしないその後輩に、香織は、なぜか妙に惹かれるところがあって、自分から何気なく話しかけた。
 そうして香織とさゆりは、ほどなくして、内心を吐露し合う間柄になっていった。要するに、主に、互いのグループの仲間に対する陰口を言い合っていたのだ。
 さゆりは、香織の前で、忌憚なく友人たちをこき下ろした。
 あたし、早く帰りたいのに、無理矢理あの子たちに付き合わされてるんですよね、いい迷惑ですよ……。あんな顔して、かっこいい男からのナンパ待ってるんだから、笑っちゃいますね……。
 そういった台詞は、さゆりの風貌に、似合っていないようで、とても似合っているように香織は感じた。
 香織のほうも、さゆりに負けず劣らず仲間をけなした。その悪口のなかには、少なからず明日香のことも話題にのぼっていた。香織にとって、さゆりは理解者だった。



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