バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二章〜憧憬と悪意
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 その時から、南涼子に対する興味が、加速度的に膨れ上がっていった。
 しかし、香織は断じて、それが、いわゆるレズビアン的なものであるとは認めなかった。女に恋をする女など、異常者以外の何物でもない。自分が、そんな人種の仲間入りをするなどと考えると、おぞましさに鳥肌が立ちそうだった。
 それでも、暇さえあれば香織は、彼女について空想を巡らせていたのである。彼女のことをもっと知りたいという思いは、もう抑えの利かないほどに強くなっていた。

 早朝の事件があった日から三日目の放課後、香織は、バレー部を率いている時の彼女の勇姿を、目で確かめに行くことに決めた。ただ、香織が単独で練習風景を眺めているのを、もしも彼女が見たら、少々変に思われる可能性がある。そこで、同じクラスの、仲良くなったばかりの友人をひとり、さり気ない口調で誘って一緒に行くことにした。
 
 体育館の二階のギャラリーで、香織は、嵐のような衝撃を受けた。
 部活用の運動着姿で仁王立ちしている彼女の肉体に、目が吸い付けられた。
 シャツが汗に濡れて、かすかに皮膚が透けて見える上半身が、妙にエロティックに感じられた。さらに、スパッツに包まれた部分には、まるで爆弾でも入っているのではないかと思いたくなるような、大きな二つの丸みができている。
 だが、香織の隣にいた友人は、なんとも間の抜けた言葉を口にした。
「あー、あれ、南さんでしょう。やっぱりすごいねえ、キャプテンって感じするよお」
 友人の感受性の鈍さに、香織は呆れかえる思いだった。あの肢体を見ても、こいつは、そんな詰まらない感じ方しかできないのだろうか。

 その時、香織たちから少し離れた場所にいる、一年生らしきグループ連れのなかから、切なげな声が発せられた。
「南先輩、かっこいー」
 香織は、それに耳ざとく反応した。
 連日、南涼子を目当てとした後輩たちが、バレー部の練習を見に来ており、なかには、本気でファンレターを渡した子もいるという。三年になってから、そういった噂は何度か聞いていたのだが、どうやら誇張ではなかったらしい。
 ここみたいな女子高では、南涼子のような存在が、共学における憧れの異性的な役割を、自然と担っているのだ。テレビドラマや漫画のような話だな、と香織は思った。
 あたしとあの子では、住む世界が違っているんだ……。その現実を認識させられた香織は、友人に声を掛け、帰ることにした。

 香織は、もやもやとした、なんとなくやるせない気持ちを抱えながら、駅のホームのベンチに長いこと座っていた。
 なんで、あたしは、こんな凡庸な容姿をしているんだろう。背も低いほうだし、自分の体には、まったく自信がない。顔立ちも平凡だが、大嫌いな吊り目のせいで、容姿がワンランク落ちている。
 それに比べ、あの子の、なんとも凛々しく躍動的なこと。また、ルックスだけではなく、彼女の自由に突っ走るような生き方も、香織と大きく異なっている点だ。学校では常に周囲の目を気にし、あくせくと仲間の輪に加わっている香織に対し、彼女は、有りのままの自分を振る舞うことで、多くの友人たちに溶け込んでいる。それに彼女の場合は、たとえ、ひとりで行動していようと、その姿が惨めに映ったりはしないのだ。
 揺らぐことのないアイデンティティーを基盤に、頭脳明晰、運動神経抜群ときている。彼女の高校後の進路は、どのような方向へ向かうのだろう。はっきりしているのは、彼女が歩む道ならば、そこは輝きに包まれているということ。
 髪を、もう少し伸ばすかもしれない。ぐっと女らしくなって、さぞかし周りの人間を魅了するに違いない。彼女のポテンシャルを存分に発揮すれば、どんな高い目標にだって到達してしまうだろう。
 さながら美獣のようだ、と香織は思う。大地を思いのままに駆ける美獣は、輝きに満ちた未来へと、今、飛翔しようとしているところなのだ。
 
 人生など、がんじがらめにされているも同然であり、他人なんて、どろどろとした汚いものであるといった本当の現実を、彼女は知らないのだ……。
 それはほとんど天啓に思えた。
 あたしが、その現実を教えてやればいいのでは。実は、周囲の人間なんて信用ならない者ばかりで、あんまり調子に乗っていると、とんでもなく痛い目に遭って、人生の歯車が狂ってしまうことも有り得るのだと、あたしが思い知らせてやればいいのではないか。
 ふいに、武者震いのようなものが起こった。やってやる……。香織は、深く決意した。こういうのを、可愛さ余って憎さ百倍、というのだろうか。ちょっと違うか。



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