バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
3



 降り立った明日香は、香織と目が合うと、怪訝そうな顔になった。
「どーしたのぉう? くらーい顔しちゃってえ、香織もー、さゆりもー」
「どーしたのじゃないでしょっ。それは、こっちの台詞。何してたのよ、南さんしか下りてこないから、心配になったじゃない」
 明日香の余裕げな話し方に、少なからず安心させられた香織だったが、つい語気を尖らせていた。
「明日香先輩、部活の練習、お疲れ様でーす」
 さゆりも、涼子に気圧されていたことを隠すように、苦笑いを浮かべて頭をぺこりと下げる。

「制服にぃ、きがえてた・のおー!」
 わざと語尾をだみ声に変え、明日香は、心外だということを大袈裟に表現した。それを聞いて、バレー部の練習中は、明日香がジャージ姿だったことを思い出した。
 明日香は、香織たちとも、涼子とも距離を置いた、中途半端な位置で立ち止まり、話を続けた。
「だってえ、みんなが見てるなかでぇ、ひとりだけ着替えるなんて、ちょっと恥ずかしくって、あたしには、できなあーい」
 いたずらっぽい笑みを浮かべた明日香は、両肩をぎゅっと抱いた。これは、前日、この場で、身に着けているものをすべて脱いだ涼子に対する、痛快すぎる皮肉だった。明日香の意図を受け取った香織は、つい吹き出してしまい、甲高く笑い声を立てた。当てつけを言われた涼子の頬が、ぴくりと動き、不快そうに顔を背けたのを見ると、香織は、ことさら可笑しくなった。いくらか遅れて、さゆりも呑み込めたらしく、くすくすと失笑する。

 胸中の暗雲が、すっと晴れていく。明日香の存在が、これほど頼もしく思えたことなど、今までにあっただろうか。
 だが、涼子の、怖じ気づいていない様子には、少し引っ掛かる。なにか対抗手段となる武器を、隠し持っているかもしれないからだ。
「りょーちん、もうちょっと、そっち行ってよ。香織たちの、正面あたりに立って」
 わずかの間、涼子は渋る素振りを見せていたが、緊迫した沈黙のなか、諦めたように移動を始めた。香織の正面に歩いてきて、足を止める。
 涼子が言いなりに動いたことで、やった、と香織は大きな感触を掴んだ。不安レベルが、急低下していく。

 部活の練習で掻いた汗だろう、涼子の髪、とくに襟足が、濡れているのが確認できる。白いシャツは、汗によって、肩や腹のあたりが、彼女の肉感的な体に貼りついている。すると、どことなく、胸のふくらみが引き立って見えた。スパッツも、黒い色なので見た目にはわかりにくいが、おそらく、多分に湿り気を含んでいるはずだ。
 けっこう、けっこう……。香織は、舌なめずりせんばかりの思いだった。前日の帰りぎわ、制服には着替えないでここに来るようにと命じておいた理由が、まさに今の涼子の状態にあった。やはり、涼子の顔立ちや体つきには、運動着が最も良く似合う。
 かりに、涼子が、運動系の部活に加入していなくて、帰りのホームルーム終了後、ほどなくして、制服姿でバス停に立っている高校生活を送っていたとしたら、どうだったろう。もしかすると、今、黄色い声援を発している後輩たちの目にも、おかっぱ頭の体格の良い先輩、くらいにしか映らなかったかもしれない。
 また、香織には、涼子の運動着にこだわる理由が、他にもあった。そしてそれが、最大の目的でもあるのだ。
 部活用のシャツとスパッツは、汗を吸っているのと同時に、涼子の誇りをも含んでいる代物だと、香織は捉えている。だから、涼子の衣類を脱がせるのは、誇りを剥ぎ取っていくことに他ならない。そうして最終的に、色んな意味での恥が露わになる。昨日、その過程に、言葉では言い表せないような快感を覚えたので、香織は、それを再現させたかったのだ。



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