バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
5



「さいってー、だよね、あんた」
 涼子の吐き捨てた言葉は、紛れもなく、香織にぶつけられていた。
 香織はぎょっとさせられて、体がこわばった。くそ女……。むかつく、くそ女。
 この時を、狂おしいほど心待ちにしていたのに、こんな嫌な目に遭うとは、夢にも思わなかった。死角からのカウンターパンチに、沈められていくような気分だった。そもそも、なんで、この女は、あたしばっかりを責め立ててくるんだ。理不尽なことを言っている、明日香に反撃したらいいじゃない……。

 そこで、珍しく明日香が、いらいらした声を出した。
「りょーちんっ、なんで無視すんのっ、訊かれたこと、答えてよっ」
 それでも涼子は動じた素振りを見せなかったが、やっと、香織から目を離した。誰とも目を合わせたくないというふうに、視線を床に落とし、肩を上下させながら深い溜め息をつく。
「……あんたたちの態度しだいでは、わたしは、手を出すかもしれない、……って言ったら、どうなるの?」
 涼子は、誰に訊くともなく、独りごちるように言った。
 むろん、受け答えするのは明日香だ。
「どーなると、おもーうぅ? ちょーちーん」
 この期に及んでも愛称で呼ぶのは、明日香が、罠に嵌めたという快感に浸っている証だろう。そう呼ばれている涼子のほうは、激しい嫌悪感を持っているはずだ。
 ふっ、と笑うように涼子は息を吐いた。
「なによ……、わたしが、殴ったり蹴ったりしないって言えば、それで、あんたらの気は済むわけ?」
「そんな曖昧な言い方じゃあ、よくわかんないよぉ。ちゃんと言ってくれないとっ」
 明日香は、攻めの手を緩めない。いよいよチェックメイトだ、と香織は胸が昂ぶった。
 涼子は、明日香の顔を一瞥する。
「じゃあ、なんて言えばいいの?」

 明日香は、小さく咳払いすると、迷いのない様子で言い始めた。
「こう言って、りょーちん。……宣誓、わたし、南涼子は、いかなる時でも、暴力を振るいません。話し合いのみで、問題を解決することを誓います……」
 言葉を切ると、涼子に問う。
「ちゃんと言えるぅ? りょーちーん」
 その台詞もまた、あらかじめ打ち合わせておいたものである。
 涼子は、唖然としたように眉間に縦皺を刻み、瞳を明日香へと走らせた。怒りを通り越し、正気を疑っているかのような顔つきで、涼子は口を閉ざしている。
 
 もどかしい沈黙のなか、ついに明日香は、あからさまな脅しをかけた。
「言えなーいのぉ? りょーちぃーん。でもぅ、誓わないとぉ、どうなっちゃうか、わかんないよー」
 その言葉に、涼子の唇が、わずかに引きつった。そして、みるみると、諦めの色が顔全体に広がっていく。
 香織は、その様を視認すると、逸る気持ちを抑えきれなくなった。言えっ。早く言えっ、南……。
 うな垂れ、暗い表情をした涼子の口から、おもむろに、ぼそぼそとした声が聞こえだした。
「……わたしは、いかなる時でも、暴力を振るいません。話し合いのみで、問題を、解決します」
 涼子の誓いの一言一句を、香織は、噛み締めて聞いていた。体の奥底から、これからに対する期待のマグマが、せり上がってくるようだった。なんだ……。強がって見せていたけど、結局は、なんの対抗策も、その頭にはなかったってことね。



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