バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
8



 足を踏ん張るようにして、腰を引こうとする涼子と、そうはさせまいとする明日香と香織。
 衣類越しとはいえ、性器のそばに顔を近づけられているのだから、涼子が落ち着いていられない気持ちもよくわかる。しかし、だから、やめられないとも言える。
「もうっ! 本当に、いい加減にしてよ!」
 肉体的な抵抗を制限されている涼子は、代わりに、喉の奥から絞り出すように叫んだ。もう余裕のなくなった涼子の声が、この陰鬱な空間に大きく反響する。
 香織は、それを聞いて、心の中で嘲笑った。暴力を放棄した女が怒鳴ろうと喚こうと、なんの意味もない。むしろ、香織、いや、香織たち三人の、嗜虐心をくすぐっているのだ。どうして、そんな簡単なことを、頭の優秀なはずの南涼子がわからないのか。
 涼子の声など、もはや、まったくの無力なのである。そう結論づけたと同時に、香織のなかに、余裕と自信が生じた。

 そっと、涼子の太ももを放してやる。
「明日香。もういいよ、ご苦労さん、くたびれたでしょう?」
 寛大な態度で、慣れない力仕事をした友人を労う。
 明日香は、涼子の広い肩幅に絡めていた腕を解くと、不思議そうな顔を向けてきた。
「あれ……? もういいのぉ? なんかー、もっと色々やると思ってたのにぃ」
 さり気なく彼女は、意味ありげな言葉を漏らしている。
「なに言ってんのよっ」
 香織は、とぼけて小さく笑ってみせる。
 その隙に、涼子は、飛び退くように香織たちから距離を置いていた。それでも、まだ、涼子の目は死んでおらず、心を落ち着かせるためなのだろう、呼吸を整える動作を繰り返している。なにか、劣勢を跳ね返すべく、態勢を立て直そうとしているかのような風情である。
 香織は、両の掌を顔に寄せて、涼子のスパッツから付着した、汗の水滴をまじまじと確かめた。そうして、涼子に見せつけるように、不快感の表情を装って、両手をスカートにきつく擦った。
 
 今、香織と涼子の視線が、正面からぶつかっている。たいしたもんだね、と香織は彼女を褒めてやりたくなった。鈍痛のような屈辱感に、その身が蝕まれているだろうに、強靱な精神力の成せる業なのか、勝ち気な眼差しで、こちらを見据えている。だが、香織を詰問してきた時の、あの刺すような鋭利さは、もう、その視線には含まれていない。
 香織が、先手を取った。
「ねえ、南さん……。さっきは、南さんに訊かれたこと、答えてあげられなくって、ごめんね。南さんの裸の写真のことと、バレー部の合宿費のことだったよね……? ちゃんと話し合いたい?」
 逡巡するような間が空いた。ややあって、涼子の、怒りや悲しみを抑え、努めて平静を保っているような声が返ってくる。
「あんたたちが何を考えてるのかが、わからない……。写真のことも理解できない。ただ、まず、盗んだ合宿費は返して」
 香織は、思わず含み笑いを漏らしていた。もはや、涼子の声は無力であり、したがって、喋る言葉にも、なんの効力もない。
 とっくに趨勢は決しているため、香織のほうは、何をどう言っても許されるのだった。
「盗んだのは、南さんでしょう。なんか……、話し合いにならない。南さん、服を脱いで」
 涼子の凛々しい顔に、衝撃と動揺が走った。
 
 へどもどしている涼子に対し、香織は、嵩にかかって攻め立てる。
「学校で部活のお金を盗むような人と、話し合いしてあげようって、こっちが言ってんだから、南さんも誠意を示してよ。裸になる、くらいの誠意を見せてくんないと、あたしたちは納得できない。嫌なら別にいいけど、そうしたら、あたしたち三人で、絶対に学校側に報告するから」
 ここまできたら、理屈もへったくれも必要なかった。
「でもね……、南さん。逆に、南さんの態度に好感が持てたら、あたしたち、南さんに協力しちゃうと思う。あたしたち三人とも、捜索が得意なのよ。だから、もしかすると、無くなったお金も、出てくるかもしれないよお……」
 事前に打ち合わせておいた、幾つかの台詞の、最後のものを香織は言い切った。
「ねっ? さゆりっ」
 なかなか流れに参加できない後輩に、話を振ってやる。
「あっ、はい。南先輩、あたしも捜索、頑張りまーす」
 さゆりは、薄笑いを滲ませた顔を、涼子に向けた。

 涼子は、どこか焦点の合っていない視線を、あてどなくさまよわせている。
 絶望感。その暗い影が、涼子の表情を、色濃く覆っている。
「ク……」
 押し黙っていた涼子の口から、短い言葉が漏れた。
 香織には、それが聞き取れなかった。クソ、だろうか、あるいは、クズ、と香織たちに向かって呟いたのか。なんにせよ、いちいち、むかつかせてくれる女だ……。けれども、そういった反発心は、嫌いじゃない。
 香織は、挑発を受けた気分になり、露骨な物言いで罵倒した。
「ねえ、早く、服を脱げって言ってんの。全部だからね、下着も全部ね。素っ裸になるんだよ、わかってる? 突っ立ってないで、早く脱いで」
 選択の余地が残されていない涼子は、やがて、前日と同じように、Tシャツに手を掛けた。
 だが、前日とは、大きく異なっている点がある。今、南涼子は、自分がもてあそばれていることを充分に知っていながらも、衣類を脱ぎ始めているのだ。



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