バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第六章〜穢れなき罪人
2



 香織は、小さく舌打ちした。この女が暴れたのは、いったい何度目だ。いいかげん、性的な苦痛に耐えざるを得ない、自分の下等な立場を自覚し、これしきのことで暴れたりしないでほしいものである。それが勝者側の、香織の見解だった。
 憤怒収まらぬ風情の涼子が、やおら体の向きをわずかに変え、意を決してというふうに首を巡らした。切れ長の双眸で、背後の香織とさゆりを捉える。彼女の両眼は、憎悪や悲しみなどが色濃く宿っているかと思いきや、そうでもなかった。目の表面の粘膜が、どこか乾き切っているように見え、むしろ無感情そうな印象すらある。
 さゆりは、涼子がこっちを見たとたんに、そっぽを向いて素知らぬ振りをしていた。あたしは、ほとんど何もしてませんよ、南先輩、とでもいうふうに。
 涼子は、とぼけた後輩には一瞥をくれただけで、主犯である香織のことを真っ直ぐに見下ろした。
 その視線を、香織は真っ向から迎撃した。掌に、じんわり汗が滲んでくるが、全裸で股を隠している女の、いったい何を恐れなければならないというのだ。なに見てんだよ、南……。惨めにおしりを丸出しにしている、あんたのがん付けなんて、ちっとも迫力ないんだよ。
「なぁに?」
 香織は、挑発的な語気で訊いて、不敵な表情を作った。言いたいことがあるなら、言ってごらんよ。
 かさかさに乾いたような両眼で香織を直視していた涼子が、口を開きかけた。
「ふうっ!」
 だが、思わぬことに、耳に返ってきた涼子の声は、息を詰まらせたような頓狂なものだった。と同時に、涼子の体それ自体もが、もの凄い勢いでこっちに迫ってきた。
 あやうく香織の顔面が、剥き出しの臀部にくっつきそうになったが、とっさに腕でガードする。
 あさっての方向を見て油断していた、さゆりの横っ面には、涼子の太ももが直撃した。さゆりは、不意の衝撃に、何が起こったのかわからない表情で、横顔を押さえる。
 事態が呑み込めないのは、香織も同様だった。何事かと目を転じると、なにやら、涼子自身が誰より驚き戸惑っている様子である。

「りょーちんっ! 約束破ったのこれで何度めー? さっきから痛いって言ってんでしょぉ!」
 突然、空気を切り裂くように高音の、怒気を帯びた明日香の声が、耳朶を打った。どうやら、涼子に撥ね飛ばされて、ひどく腹を立てているらしい。
「えっ……。ちょっと、なにっ」
 明日香と対照的な涼子のアルトヴォイスも、必死の調子で応酬する。
 けれども、今の明日香の威勢に比べて、涼子のほうは、色々な意味で余りにも脆弱だった。
「もーう許さない、りょーちん。暴力振るったこと、ぜぇーったい、後悔させてあげるから」
 明日香の声音は若干落ち着いたが、それでもまだ、多分の怒りを含んでいる。そして言い終えるなり、がむしゃらな両手で、涼子の肩を勢いよく突く。
 涼子が大きくバランスを崩し、筋肉質な長い両脚が、香織とさゆりの体に激突してくる。
 香織は、ようやく合点した。一度目の衝撃も、立腹した明日香による不意打ちが原因だったのだ。
 明日香には、涼子の体の陰で屈んでいた友人のことを、少しでも考えてもらいたかった。かなり驚かされたし、結構痛かった。
 それにしても、明日香は、普段は甘ったるいが、案外、キレさせたら恐い存在なのかもしれない。今は味方なので、その潜在能力が頼もしいとも思えるが。まあ、なんにせよ、攻撃の矛先が涼子に向かっているなら、香織的には全然オッケーなのだ。



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