バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第七章〜放課後の教室
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 体育倉庫の地下を思い出す。あそこの地下には、涼子の味わった、到底言葉にはできない汚辱が詰まっている。それでも涼子は、香織たちが望むのであれば、もう一度、あそこに出向いてやろうと思っていた。もう一度だけだ。逃げるのではなく、あいつらと対峙し、片をつけるのだ。二度と言いなりにはならないし、服を脱ぐような馬鹿げたことも絶対にしない。その時には、自分の最大の武器である膂力を行使する公算が高いだろうとも踏んでいた。
 体育倉庫の地下で、香織と明日香とさゆりの悪意によって生じた汚辱は、同じ場所で、同じ人間を相手にして、自分ひとりできっちりと清算する。あの場所で起こった惨劇を、友達や教師、あるいは親などに打ち明けて助けを求めるという選択肢は、毛頭ない。それは、まさに涼子のプライドだった。
 だが、あの三人が、無関係な後輩を伝言役として送ってきたことが、涼子をひどく動揺させていた。そして、メッセージのE組とは、涼子と香織の教室である。

 涼子の脳裏で、禍々しいイメージが動き出していた。体育倉庫の地下に封じ込め、滅却するつもりだった、涼子の汚辱を象徴する黒い染みが、あの建物から漏れ出しているのだ。身の毛もよだつほどおぞましい黒い染みは、生き物のようにその範囲をどんどん広げていき、校舎や体育館までも覆いだし、また、ほかの生徒たちの体にも付着していく。気づかぬうちに、得体の知れない包囲網が広範囲にわたって敷かれ、その中には、なぜか涼子の姿を見て嘲り笑う生徒たちが、そこかしこに立っている……。そう、香織たちと同類のような。
 涼子はそこで、際限なく膨らんでいく被害妄想のイメージを追い払った。涼子は、自覚していた。自分がもっとも怖れているのは、波及であるということを。体育倉庫の地下以外の場所や、第三者への波及。
 涼子は、伝言役の後輩の来訪により、不意打ちを喰らい、恐慌をきたしかけた頭の中を、どうにか鎮めようと努める。なんのことはない。戦いの舞台が教室に変わっただけだ。状況的には、何も変化していない。そうして、これから始まる部活の練習へと、なんとか気持ちを切りかえる。
 不安や焦燥は、心にも体にも、こびり付いていて離れないが、鍛え抜いた精神力をもってして、キャプテンとしての自分を貫き通すのだ。
 
 部室のドアを開けて、空いているスペースにバッグを置いた。運動着に着替え始めると、ふと、さっきの後輩の顔が脳裏に浮かんだ。
 記憶が蘇ってくる。まったくの無関係ではない生徒だった。
 あの後輩は、涼子にファンレターを手渡してきたことがあったのだ。それも、わりと最近のことだったと思う。
 涼子は、こめかみの片側に指を当て、記憶を探った。たしか、手紙の文章も、あの子供っぽい風貌によく結びつくような、稚拙で支離滅裂な感じのものだった。薄いピンク色の便箋。その一番下に、丸っこい文字で、クラスと名前が書かれていた。
 そうだ。一年C組。名前は、『足立舞』。
 よく、ここまで思い起こせたなと、我ながら感じる。涼子の胸の内に、それほど深く刻まれた出来事ではなかった。過去には、両手では数え切れないほど、足立舞と同様の生徒、特に後輩が、涼子のもとへやって来たからだ。



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