バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第七章〜放課後の教室
3



 二年の後期、キャプテンに選任され、部活の中心として動き始めた頃から、妙にモテるようになった。当初は、さすがに戸惑いを覚えた。
 運動系の部活の『キャプテン』。しばしば威厳めいた印象を人に与える、その言葉が、自分のボーイッシュな外見や、男勝りな気質、伸びやかな体躯などの要素と合わさって、同性の女の子たちを惹きつける何かを、生みだしているのだろうか。
 夜、自分の部屋で、机に頬杖をつき、真剣にそんなことを考えた日もあった。同性とはいえ、涼子のことを魅力的だと思ってくれる生徒が数多くいる事実なのだから、もちろん悪い気はしなかった。けれども、不思議に思う気持ちのほうが強かったのだ。
 わたしって、みんなが思っているような、かっこいい女なんかじゃないのに……。涼子は、しょっちゅう内心でそう呟いては、苦笑していた。
 しかしながら、リーダーとしての厳しい責を背負い、遮二無二、部員たちを引っ張って、それまで以上に部活動に没頭するようになると、ファンレターを渡されても、もはや、心を揺れ動かされることはなくなった。涼子目当てに、体育館の二階のギャラリーに集まる生徒たちの存在に至っては、眼中にも入らない。
 頭の中が、自身に課した厳しいハードル、部活全体の統率への熱意などで一杯になり、感慨を覚えているゆとりすらも消えていったのだ。
 
 もらった手紙には、一応、目を通してきたのだが、時たま、いささか困らされるケースがあった。返事を期待しているような文面である。
 むろん、その子たちの複雑極まりない思いに応えることなど不可能だったし、頭を悩ませている余裕もなかった。そういった場合、どのように対応しようとも、彼女たちの繊細に入り組んだ心を傷つけてしまうのは目に見えていたので、涼子は、徹底して知らぬ振りをすることに決めていた。それが、自分にとっても相手にとっても最善だと思われた。たとえ、手紙を寄越した生徒が、後日、期待と不安の面持ちで涼子を見つめているのに気づいても、黙殺した。
 そういえば、足立舞も、その困らされるケースだったと思い出す。
 きっと、彼女は、その後も度々、体育館のギャラリーをうろうろとしていたに違いない。そのせいで、なんとも運の悪いことに、伝言役として利用する生徒を物色中だった香織たちに、目を付けられてしまったのだろう。
 かわいそうに……。そして、なんだか申し訳なかった。
 たぶん、あの子は、年上の生徒の身勝手な依頼に、さぞ狼狽したであろう。赤裸々な気持ちを綴った手紙の相手である、涼子のところに、訳のわからない言伝を言いに来るのは、どれほど恥ずかしい思いだったか。さっき、足立舞が見せた、赤らんだ頬やおどおどした態度が、脳裏に浮かぶ。
「くそっ……」
 涼子は、つい、そう呟いていた。自分が舐められているせいで、高校に上がって間もない生徒に、迷惑がかかってしまったという不甲斐なさ。やり切れない屈辱感。燃えたぎる怒り。
 下唇を噛みしめる。暴力的な衝動を帯びた力が、四肢に広がっていく。でも、今は、どうすることもできない。この感情は、明日、あの三人にぶつけてやればいい。
 
 そう結論を下し、涼子は、体育館フロアへ向かおうと、ようやくドアノブを握った。その時、ふいに、違和感に似た引っ掛かりを覚えた。気づくべき何かが、意識上からこぼれ落ちてしまっている、というような感じだった。
 よくよく考えたら、なぜ、それほど印象的でもないのに、足立舞に関する事柄を次々と思い出せたのか。彼女の顔の見覚えを糸口に、手紙の文面や名前にまで記憶がつながったのだ。
 彼女に手紙をもらったのが、比較的、最近のことだったからか。
 あっ、と涼子は思わず声を出していた。いや……。正確には、涼子が、最後に手紙をもらったのが、彼女だったのだ。
 その事実に思い至ると、やおら直感が、不穏なものを捉えた。間を置いて、次に思考が、急速に悪い方向へと流れだす。
 足立舞と接触したのは、まず間違いなく、この一ヶ月以内の出来事だった。
 ドアノブを握っている手の力が抜けていき、滑り落ちる。すでに、涼子の胸中には、重苦しい黒雲が漂い始めていた。



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