バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第九章〜肉塊
3



「ねえねえ……。りょーちん、カレシいないんだよねぇ? 部活で忙しいから、デートする暇もなさそうだしーって。でもちょっと、ほしい気持ちもあるって……。そんな話、一緒に帰った時にしたじゃーん?」
 明日香が、ふいに話の方向をずらした。
 部活の終わった帰り道、マネージャーとしての明日香に感謝の念すら抱き、分かり合える仲間と信じ込んでいた頃は、甘くて弾けるような、女子高生に定番の話題を語らったりもしたのだった。
 滑稽なくらい間抜けなわたし……。消し去りたい過去。
「そんでぇー、まだ聞いてないことがあったんだけどっさぁ……。りょーちんって、処女だよねぇ?」
 明日香は、遠慮会釈もなく当然の質問をするように、そう言った。
 またぞろ視界が歪んだ。自分ひとり全裸の状態で、品定めをするかのように性体験について訊かれる悲しみと屈辱。
 涼子の心と体における『穴』に、明日香は指を突き刺してきたのだった。
 信じられない……。もういいかげんにしてよ……。
 しかし、涼子を見すえる明日香の眼差しは少しも笑っておらず、どころか冷たく厳しい光を放っている。
 本気で聞き出そうとしているのだ、と涼子は悟った。答えないでいると、おそらく明日香は苛立ち、詰問調で責めてくるだろう。

 息苦しい沈黙が流れる中、涼子は、明日香の目を見て、そうして、ゆっくりと頷いてみせた。
 そのとたん、明日香の顔に喜色が浮かび、あの、耳障りな笑い声が響いた。
「りょーちんったら、こっくんって、うなずーいちゃってえー。かっわいいー……。まっ、処女だってことは、わかりきってたけどっ、いちおう訊いてみただけなんだけどねっ」
 明日香は子供みたいにはしゃぎ、どこか恍惚とした表情で涼子を見る。
「ねえ、じゃあーキスはぁ? キスもしたことないのー?」
 立て続けに胸くその悪い質問を浴びせられたが、それは同時に、涼子の脳裏にある思い出をぼんやりと想起させた。
 涼子が小学五年生の時のことだ。あたりが薄暗くなり始めた、団地の公園の片隅。
 その情景の主人公は、よく親しく遊んでいた一学年上の男の子だった。ひょんなことから二人きりになり、たわいない会話を交わしながら、お互いの心の中に同じ感情があることを感じ取っていた。そして、その思いをはっきりと示し合った瞬間。
 それが夢だったかのように、二人の仲は徐々に自然消滅していった。けれども、涼子にとっては、小さな聖域として心に刻まれている記憶である。人生で最悪の連中を前にして、脳裏に思い浮かべるものではない。あの時の情景が、明日香たちの吐く息によって汚されていくような気さえしてくる。
 
 したことがない、と涼子は黙って頷いた。
 また何か言ってくるだろうと思ったが、予期に反して、明日香は微かな笑い声を漏らしただけだった。
 奇妙な違和感を覚え、つと涼子は視線をそちらに向けた。机に乗っている明日香は、込み上げる愉悦を必死にこらえるかのように唇を結んだ、なにか意味ありげな表情でじっと涼子を見つめている。
 気色の悪い女……。裸出した背中にぞわぞわと悪寒が走る。あまりに思考や言動が不可解で不気味なので、ついこの間まで、騙されていたとはいえ、親しく接していたことが信じられない。



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