バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十章〜波及
3



「南さーん。次は腋だよ、わ・き……。調べるから両手を頭の後ろで組んで。南さんにお似合いの、犯罪者のポーズ」
 香織は、例によって皮肉たっぷりに告げる。
 一時燃え上がった憎悪は、安堵と不安が複雑に混じり合うことにより消え失せた。肛門をおびやかされたり、性器を明日香の鼻先に差し出していた地獄の時間に比べれば、明らかに精神的苦痛の度合いは下がる。だが、問題はその先である。
「どうしたの? まさか、約束を守らないで処理したんじゃないでしょうね?」
 香織は、疑わしげに目を光らせ、にやりと笑う。
 その悪意に満ちた顔つきを見て、涼子の不安は一気に増幅した。『あれ』は本気で言っていたのだろうか。あんな馬鹿げたことを。処理したことを認め、しおらしく謝ってみせれば、単なる嘲笑のネタで終わるのかもしれない。しかし逆に、香織が、烈火のごとく怒りだすことも十二分に有りうる。
 逡巡の末、涼子は命令されたとおりの格好を取った。ごまかそう……。

 香織が、威圧的な態度で歩いてきた。
 それに同調して明日香も続く。
 前日と同様、右の腋の下を香織が、左を明日香が、涼子の腕を押し上げて覗き込んだ。耐えがたい屈辱のため、筋肉がこわばるのを感じるが、処理跡のことを厳しく追及されるのではないかという恐怖のほうが大きい。
「あんた、剃ったでしょ?」
 案の定、香織が刺々しい口調で言ってきた。
 一瞬、涼子は返事に迷った。だが、睨み上げる香織の三白眼を見たとたん、身の竦むような恐怖を感じ、そして確信した。認めたが最後、命令に背いた罰は、これまでの何にも増して陰惨なものになるだろう。徹底してごまかす以外に道はない。
「え……、わたし、剃ってないよ」
 涼子の声は、消え入りそうだった。剃ってたらなんなのよ、と当たり前のことを言い返せない自分が情けない。
「ええー、うそだぁー……。だってえ、全然毛が伸びてない……、ってゆうか、この間、見た時よりも、綺麗んなってるもーん」
 今度は、明日香が半笑いを浮かべて言い募る。
「本当だよ……。わたし……、そんな、毎日剃ってるわけじゃないし……」
 苦しい言い訳だと、自分でも思う。言葉を発する唇が震え始めていた。
 
 明日香が、再び涼子の腋の下に顔を近づけて検分する。時を移さずして、彼女の冷たく鋭い眼差しが涼子に向けられた。
「うそをつくなぁ!」
 およそ聞き慣れない怒鳴り声で明日香はそう言うと、出し抜けに、涼子の左の乳房を引っ掴んだ。
 豊満な肉のふくらみには指先がめり込み、張りついた中指が、赤茶色の鋭敏な突起をひん曲げている。
 明日香が鷲づかみにした肉を邪険に押し上げ、乳房は、ぶるりと波打って不格好な形にひしゃげた。
「いやあっ……」
 それは、思春期の少女の、か弱い悲鳴だった。明日香の手を払いのけると、涼子は体中から力が抜け、すとんと腰が落ちた。背中を丸め、傷を癒すように裸出した乳房を押さえる。

 激烈なショックだった。ひんやりとした明日香の手が、肉体に張りついた瞬間の感触は、まるで刻印のごとく心と体に染み込んでいく。
 もういや……。なんで、わたしが……。こんなことが、あっていいの。

「なんでしゃがんでんだよ、立てよ」
 髪の毛を、香織につかまれる。あまりにも無情。
「もうお願いだから許してよ! どうしてこんなことする必要があんのよっ!」
 仏頂面の香織を見上げながら、涼子は声を振り絞って叫んだ。言葉の最後のほうは、ほとんど涙声になっていた。
「うるせーんだよ。約束破ったおまえがいけないんだよ。おまけに嘘こきやがって。早く立てよ!」
 髪の毛が抜けるほどきつく引っ張り上げられ、涼子は、はらわたの千切れるような思いでそろそろと立ち上がる。



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