バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十章〜波及
8



 立て続けに背中を押され、涼子はよろめいた。
 彼女たちが代わる代わる手を伸ばし、涼子の裸体を押しやるのだった。
 そして、くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てている。
 まるで、魑魅魍魎の類に取り囲まれているような錯覚に囚われる。

 その時ふいに、香織の手に勢いよく体を突かれ、涼子は、そばの机に腰をぶつけた。彼女たちの意図がまったく読めず、涼子は、おろおろと振り返る。
「ちょっと、なんで押すの……? もっとこっちに行けばいいの? 口で説明してよ」
 香織が、了解を示すように何度か頷いた。
「ごめーん。南さんのキョドりかたが面白くって、少しからかっただけ。もうしないから、そこの椅子に座って」
 心底愉快そうに言って、香織は顎をしゃくる。今、涼子の体が当たったせいで位置のずれた席を指していた。
 そんなことできない。他の子の椅子に、自分の体の汚い部分を直に付けるなんて。
「あの……、べつに座らなくてもいいでしょ? 話すことってなんなの?」
 涼子の反論に、香織の顔つきが、にわかに一変した。
「なんで、いちいち口答えするわけ? 座れって言われたら座ればいいんだよ。優しく言ってやれば、すぐに付け上がるんだね、あんた。いつになったら、身の程をわきまえられるようになるわけ?」
「はい……。すみません」
 香織が言い終わるが早いか、涼子はすぐに謝った。機嫌を損ねてしまい、香織の怒りの導火線がじりじりと燃えていくような恐怖に、冷や汗の出る思いだった。
 どやされる前にと、涼子は、ただちにその椅子を引き、腰を落とした。
 普段、誰が座っているのかわからない椅子に、今、自分は、剥き出しの性器と臀部をくっつけているのだ。ひどく後ろ暗い状況であるが、なるたけそれを意識しないようにした。

「うわー、きっつぅ……。南先輩、べーったり、おしりつけちゃってるし……。きったねえ」
「ねーえー。そのせきぃ誰なのー? もしかしてぇ、りょーちんの友達の子?」
 さゆりと明日香の嫌味が、重なって降り掛かってくる。
 香織はといえば、けろりと上機嫌な表情に戻っており、じっと涼子を見下していた。
 やっぱりそうか、と涼子は心の内で溜め息を吐いた。香織は、話をするために座らせたのではない。下着も着けていない涼子を、他の生徒の椅子に座らせること自体に、意味があったようだ。
 きたない。それはわかっている。誰だろうか、いつもこの席を使っている級友に対して、後ろめたい思いで胸を締めつけられる。そんなやり場のない感情がゆえに、涼子が醜くうろたえる姿を、香織たちは望んでいるのだろう。

 あえて、文字通り腰を据えた状態で黙っていると、香織が、ぼそりと低い声で言った。
「なに、ぶすっとしちゃってんの……。南さん、そこ、誰の席かわかってる?」
 意味ありげな物言いに、一瞬、思考がストップし、涼子は目をしばたたいた。
 にわかに得体の知れない不吉な予感が、胸の内に流れ込んできた。
 どういうこと。いったい、何が言いたいんだ。『この席自体に』なんらかの意味があるっていうの。
 涼子は、何気なしに、周囲に視線をさまよわせる。
 ふと、直感に引っ掛かるものがあった。その正体は判然としないが、この教室の、この位置が、いかにもまずい、という感じがするのだ。



次へ

登場人物・目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.