バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十章〜波及
9



 べりっとおしりを剥がして、涼子は椅子を立っていた。ほとんど発作的な行動だった。
 涼子の戸惑う様子を見た香織の顔に、ひときわ意地の悪そうな笑みが、くっきりと浮かんだ。
「南さんが、今座ってたところ……、滝沢さんの席だよ」
 脳裏に、気を失いそうな閃光が弾けた。たちまち涼子は、救いのない恐慌状態に陥った。
 自分の直感は、香織の口から聞かされる直前には、すでに、その名前を当てていたのだった。
 
 涼子は、乾き切った唇を湿し、香織に目をやった。
「えっ。滝沢さんの席だったんだ……? でも、それがなんなの?」
 さらに直感は、ここで絶対に狼狽してはいけないという信号を発していた。
「南さん……、滝沢さんのこと、苦手でしょ?」
 香織は、見透かすような目つきで涼子を見ながら、にやにやと笑っている。
「だってさ、よく一緒のグループにいるの見るけど、滝沢さんとは、あんまり仲良くしてないじゃん……。南さんのほうは、なんか一方的に話しかけてるけどさ……。必死って感じで、ウケるんだけど」
 その一言一句に、涼子は、すっかり震撼させられていた。香織が常に目を光らせているのだろうことは想像に難くなかったが、まさか、そこまで微に入り細に入り行動を観察されていたとは、夢にも思わなかった。
 この女は、いったい、どこまでねちっこい性格をしているんだ。

 滝沢秋菜。彼女との関係は、まさに香織の言ったとおりのものだった。
 だが、どうして香織は、今、そんなことを言いだすのか。
 いや、わたしは、薄々気づいているのではないか。あまりに怖ろしいから認めたくないだけで。滝沢秋菜というカードを、香織に何らかの形で使われることを。

「べつに……。わたし、滝沢さんのこと、そんなふうに思ってないけど……」
 涼子は、全身全霊で否定の言葉を絞りだす。
「声がうわずってるよ、南さん。やっぱり図星でしょ。……ちょっと待ってなよ」
 香織は嫌味な笑みを浮かべて踵を返し、教室の後方へと歩いていった。
 そして、生徒用のロッカーの前で足を止める。



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