バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十章〜波及
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 涼子の目には、そこから先の香織の一挙一動が、まるで映像の中の光景のように非現実的に映り始めた。
 やがて、香織は、ロッカーのひとつを開けた。その中から、なにやら、体育の授業で着る、学校指定の半袖シャツを取りだして、こちらに戻ってくる。
 香織は、意味ありげな仕草で、その体操着を涼子の裸身に押し当てた。
 涼子は、否応なく持たされたそれを、おそるおそる広げた。
 丸首の部分と袖が赤い色で縁取りされたシャツの胸元には、案の定、くだんのクラスメイトの苗字が刺繍されていた。
 これで何をしようっていうの。あんたたちは、何を企んでいるわけ。

「ねーえー。それぇ、どんな臭いするかぁ、クンクン嗅いでみてよぉ、りょーちん」
 つくづく、竹内明日香という女は変態的だと感じる。どんな面でそんな言葉を吐いているのかと、涼子は軽蔑の視線を投げかけた。
「はやく、明日香に言われたように、やりなよ。もういい加減、自分の立場はわかってんでしょ?」
 もはや香織は、涼子のわずかな反発心すら許せなくなっているらしい。
 涼子は、溜め息をつきたいのも堪えて、両手に持ったシャツを、そっと鼻に近づけた。
 強要されているとはいえ、自分の恥ずべき行為に、うなじの産毛がちりちりするような罪悪感に襲われる。なんで、こんなことをしているんだ、わたしは……。

 白い布地から、仄かに汗の臭いが鼻腔に流れ込んだ気もするのだが、きっと気のせいだろう。ほぼ無臭だった。
 ふと、この体操着を身に着けている滝沢秋菜のイメージが、脳裏に浮かんだ。バスケットの授業で、彼女が、経験者でもないのに、遠くからのシュートを何度も決めていたことを、涼子は思い出したのだった。学力に秀でた秋菜だが、運動神経もトップクラスなのだ。
 そういえば、と涼子は思った。香織たちと相対する直前に、ちょうどこの場所で、自分は秋菜と二人きりでいたのだ。滝沢秋菜は、やはりどこか大人びた生徒であり、涼しげな余裕とでもいうべき眼差しが印象的で、時折、胸元まで垂らしたお洒落な髪型を揺らしていた。
 その席に、ついさっき、わたしは、剥き出しのおしりを着けていたのだ。
 涼子は、ぼっと頬が熱くなるのを感じた。
 なんだか、オールラウンドに物事をこなす滝沢秋菜のことを意識すればするほど、今の自分の惨めな立場を痛感させられていくような、そんな言い様のない感情が湧き上がってきて、涼子は、目尻に涙が滲みそうになるのを感じた。

「どーおー? それぇ、あせくさーい?」
 明日香の間延びした喋り方が、涼子の神経を逆撫でする。
 涼子は、黙って首を横に振り、否定を示した。
「そりゃあ、そうだよねえ……。南さんの体やシャツと違って、臭くないはずだよ」
 香織が、くつくつと笑いながら下劣な揶揄を入れる。
 なんで、わたしは、こんな女たちに絡まれることになったのか。いつから、わたしは、プライドを傷つけられても何も言えないような人間に成り下がったのか。



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