バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十一章〜間隙
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「友達作る時には、心を開いて、大胆にアピールしないと駄目だよ。でも、このこと知ったら、滝沢さんも仲良くしてくれると思わない? だって南さんが、こんなに頑張ったんだもんね」
 体操着を両手に持って広げた吉永香織が、涼子に咥えさせた、赤い丸首の部分を見つめながら言う。その隣では、石野さゆりが、これ見よがしにデジタルカメラをもてあそんでいる。
「ばっちり写しておきましたよ、南先輩。この写真、滝沢先輩って人の机の中かげた箱に、そっと入れておいてあげましょうか?」
 
 この場で卒倒しそうになるのを、意識の源が、懸命に抑えている。今、自分の脚で立っていられるのが不思議なくらいだった。
 全裸のわたしが、意味不明な笑みの表情で、滝沢さんの体操着を咥えている写真……。
 それを目にした時の滝沢秋菜の感情を想像すると、血の気が引く。まず間違いなく、前代未聞の変態として、涼子への激しい嫌悪感を抱くだろう。しかも彼女は、涼子が好意を向け続けても手応えを掴めなかった、相性の合わない生徒なのだ。
 もし、そうなったとしたら、絶対に耐えられない……。滝沢さんと同じこの教室で、残りの高校生活を過ごすことなんて。

「凍りついちゃってるけど、大丈夫? 南さん……。今の写真に、何か問題があるっていうなら、あたしたち以外に見せたりしないって約束してあげる。その代わり、とぼけないで答えて。滝沢さんのこと、苦手なんでしょ?」
 香織の口調は、確信に満ちていた。
 言葉にならない声が、ぽつりと涼子の口から漏れる。肯定も否定もできない。この状況で何と言えばいいのか。頭の中では、むなしく思考が空回りしている。
 ふと、香織が小声で笑い、打って変わって妙に優しげな声で言いだした。
「苦手だけど、できれば仲良くなりたかったんだよね? そうだよね? べつに、恥ずかしいことでもなんでもないよ……」
 どことなく甘い誘惑のようにも聞こえたが、ぷつりと思考の糸が切れ、みるみると心が傾いていく。
「はい……。そうです」
 涼子は、こくりと頷いた。どちらにせよ、もう、ごまかせなかった、と思う。滝沢秋菜の件は、完全に見透かされているのだ。せめて、視覚に捉えられる恥部は隠したいという無意識が働いたためか、涼子は、思い出したように乳首と下腹部を両手で覆っていた。

「いやーん、りょーちんカワイィ……。そんな悩みがあったなーんてぇ。その子って、どんな感じの子なのぉー? あたし知らないからぁ、おし・え・てっ?」
 竹内明日香が顎をしゃくり、無邪気っぽいポーズを取る。
「えっ……。えっと……、わりと大人っぽい子で……、頭がいいんです」
 嫌味な質問にも、従順に答えだした涼子の様子に、少女たちが、くすくすとせせら笑う。
「南先輩……、必死こいて、その人と喋ってたらしいじゃないですか? なんて話しかけるんですか? たとえば」
 さゆりが、興味津々の顔で言った。
「べつに、ふつうに……。この問題の解き方わかる? とか、進路決まった? とか」
 ひとりだけ全裸の恥辱極まる状況下で、滑稽なことに、涼子は、日常の何気ないやりとりについて答えているのだった。
「うっわ、ウザ!」と、さゆりの吐き捨てるような突っ込み。
 なんとでも言え。もはや、年下の女による悪態すら、耳には入っても意識を素通りしていく。
 
 こいつ……。こいつだ……。主犯格である小柄な女の、にたにたとした顔貌を、一瞥する。今、涼子の全神経は、香織の真意を見極めるためだけにあった。精神力と知力を油に、ぎしぎしと無理なフル回転を続けている。
 わかるはずもない。たとえ知ったとしても、無駄なことだ。わたしは、何もできないのだから……。そんな心の声も響く。けれども、思いを巡らさずにはいられない。
 
 滝沢秋菜の体操着を用い、涼子に醜悪で変態的な行為をやらせた、あの写真は、現時点で、脅迫のネタとして握られている。認めたくないが、これは紛れもない現実である。しかし、本当にこれだけなのだろうか、という不安が拭えない。
 ひょっとすると、香織は、最終的にあの写真を、滝沢秋菜の手元へと送りつける気でいるかもしれない。当面の間は、写真をネタに涼子を脅しては愚弄し、脅しては辱め、そうして、下劣な嗜虐心を飽きるほどに満たした挙げ句に。
 その意味するところは、涼子に対する、高校生活からの閉め出し、社会的な抹殺を企図していることに他ならない。だとすれば、香織の悪意というのは、ほとんど殺意に等しいではないか、と感じる。テレビやインターネットから情報として伝わってくるような、凶悪な少年少女犯罪と、いったい、どこが違うというのか。



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