バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十二章〜慟哭
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 明日香は、腰をしたたかに打ったらしく、しきりにさすっている最中だった。
「いたぁーぃ……」
 今にも泣き出しそうな弱々しい声で言う。なんであたしがこんな目に遭わないといけないのよ、とでもいう風情で、唇を尖らせているのだった。
 
 だが、彼女の視線が涼子に向けられた時、その眼差しには、まざまざと怒りの炎が宿っていた。そして舌打ちする。
「ムカつく!」
 明日香は、そう吐き捨て、つかつかとこちらに迫ってくる。涼子は、間隙を脱する機会を、すっかり逸していた。
「なんでっ、あたしにぃ、暴力振るうわけ!? 香織とさゆりのほうがぁ、ずっとひどいことやってんじゃん!」
 意外にも、頭に血を上らせた明日香が、まず口にしたのは、自分が反撃を喰らったことに対する不公平感だった。その物言いからして、明日香の『仲間意識』の薄っぺらさが、透けて見える気がした。だが、それはどうでもいい。虫酸が走るのは、常識どころか知能すら疑いたくなるような、その身勝手さだ。
 まるで体だけ大きくなった幼稚園児のような女、それが竹内明日香なのだ。
 
 直感が、涼子に告げていた。今、乱暴したことを謝るなどして、弱腰になったら、相手をつけ上がらせるだけで、逆効果にしかならないだろう。間違いなく、自分は、さらに悪い状況に追い込まれる。
 もう引き返さない。たとえ膂力に訴えることが許されなくとも、出来る限り、毅然とした態度で立ち向かうべきだ。
「ふざけないで……。あんた、自分が何をやってたか、わかってんでしょ!?」
 涼子は勇を鼓して、舌鋒鋭く言い切った。
 
 今、人形のような明日香の美貌の眉間には、皺が刻まれている。校則で禁止されている、茶髪のパーマ。セーラー服から伸びる、色白で華奢な手脚。
 その気になれば、あんたなんか、今みたいに片腕でもぶっ飛ばせるんだから……。そんなメッセージを込めて、涼子も睨みつける。願わくば、涼子の気迫に負けて、明日香が引き下がることを。

「なーにぃ? なんでっ逆ギレしてんのぉ? あたしぃ、体ぶつけてぇ、痛かったんだけどー」
 期待は脆くも崩れ去り、明日香は臆面もなく、涼子の髪をつかんできた。女の殴り合いさながらに髪の毛を引っ張られ、頭が反り返りそうになる。
 あの天然のおちゃらけぶりから一変し、今、明日香は、剥き出しの悪意をぶつけてきている。もはや、『豹変』という言葉が似つかわしいかもしれない。正直、想像以上の攻撃性だったが、涼子も、ここで怯むわけにはいかなかった。
「ちょっと……、やめてよ……」
 涼子は、持ち前のアルトヴォイスを駆使し、あえて言葉少なに言った。
 
 二人の視線が、火花を散らす。
 しかし、この勝負、涼子のほうは、重すぎるハンデを背負わされている。いや、認めたくないが、実際には、勝負にすらなっていないのかもしれない。怖いもの知らずの明日香に対し、涼子は、平手打ちの一つも返せないのだ。何よりも、ひとりだけ全裸の恥辱極まる状況では、自分への自信すら、持ちようがないではないか。
 明日香の射るような視線を受け止めているものの、涼子の心は、早くも揺らいでいた。正面切って刃向かってしまった後悔の念が、ふつふつと湧いてくる。

「ああーそー……。あやまる気ないんだぁ? こいつムカつく!」
 非情極まりないことに、明日香は、いきなり涼子の乳首を抓んで、ぎゅっと力を入れた。
 ずきりと痛みが走ったとたん、束の間の反抗心は、完全にへし折られた。わずかな期待は、破滅的なまでの失望に変わる。
「もおぉぉー、いやあぁぁー!」
 涼子は涙声で叫び、激しく身を揺さぶった。
 枯れ果ててしまったかのように涙は流れないが、魂は慟哭し、じっとしていることができない。見苦しさも忘れ、涼子は、両脚で地団駄を踏んでいた。その動きに合わせ、乳房や臀部の肉が荒々しく震える様が、涼子の無様な姿を、一層救いのないものにしていた。



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