バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十二章〜慟哭
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 と、その時、臀部に何かがぶつかる感触があり、涼子は、ぴたりと体を止めた。しまった、と思う。
「ああー。きたなーい。せんぱいが暴れたせいで、おしり触っちゃったあ」
 真後ろに立っているさゆりが、どろどろした低い声でそう言った。
 この狭い間隙で、不注意に後退したため、涼子の巨大な臀部の肉が載っかるような形で、体操着を持つさゆりの手の甲に接触したのだ。肛門には達しなかったものの、かなり際どい部分にめり込んでいた。嫌な感触が、生々しくおしりに残っている。
 偶発的とはいえ、自分の不潔な部分に触られた屈辱感。だが、さゆりのほうも、その言葉通り、汚いという不快感は、実際に持っているだろう。

「……ごめんね」
 情けなくも、涼子は肩越しに謝っていた。むろん、自分に非があるとは、少しも思っていない。だが、涼子が折れない限り、さゆりは、ねちねちと聞くに堪えない嫌味を言い続けるに違いなかった。要するに、もう、この件には突っ込まれたくなかったのだ。
 
 しかし、一度火のついたものは、なかなか消えてくれない。
 背中に、何度も、その手を擦りつけられる。目に見える汚れが付着しているとでも言いたげな、邪険な手つきで。
「汚いんですよ、せんぱーい……。あの、一つ、訊いていいですか? トイレでした後、ちゃんと、おしり綺麗に拭いてます?」
 えっ……、と思わず涼子は、微かな声を漏らしていた。
 排泄に絡んだ体の不潔さ。それはある意味、人間にとって、もっとも隠したく、触れられたくない事柄である。さゆりは、そういった部分をほじくるような質問をしてきたのだ。さゆりという後輩の陰湿さを、文字通り肌で感じさせられ、涼子は、背筋のうそ寒くなる思いがした。
 そして、この話の流れには、なんとも言い様のない、不吉な匂いが漂っていた。

「なんでこんなこと、訊くかって言いますとねえ……、先輩のおしりの穴、毛もすごいし、見るからに汚れてそうなんですよ。もう勘弁してってくらい。だから……、触っちゃったこと、ちょっと心配になって……」
 心の底に、涙のしずくが、ぽたりと落ちていった。恥ずかしいとか、傷つくというよりも、なんだか、自分の体のことを指摘された言葉だとは、とても信じられない思いだった。
 意識しちゃだめ……。聞いたことは忘れろ……。

「どーれぇ、どーれぇ、そんなにヤバいのぉ?」
 明日香がそう言い出した時、涼子は、さすがに自分の運命を呪った。真横に立っている彼女は、ぞんざいな手つきで涼子の右腕をつかんだ。
「うごくぅなっ……」と、いつになく険のある声で釘を刺される。
 涼子に対する怒りが収まらないらしい、有無を言わせぬ態度だった。明日香は腰を屈めると、もう片方の手を、涼子の臀部へすっと伸ばした。
 ちょっといやだ……。泣きたくなるほど屈辱的なのに、涼子は動けなかった。ひとえに、もうこれ以上、明日香の機嫌を損ねるのが怖かったからである。
 
 弱虫で惨めなわたし……。
 浅黒いおしりの肌に、ほっそりとした色白の手が張りつく。数本の指が、割れ目に差し込まれた瞬間、涼子は、その皮膚感覚のおぞましさに、全身の産毛がびっしりと逆立っていくのを感じた。
 割れ目に引っ掛けられた指が、おしりの片側の肉を歪ませながら横に押し広げる。
 明日香は、そこを上から覗き込んでいた。もはや、大便の出る排泄器官を、その視線から遮るものは、何もない。肉の谷間に張りつく夥しい縮れ毛が、明日香の指先に触れそうになっていた。
「きったねぇ……、ミ・ナ・ミ……、きったねぇ……」
 明日香は、初めて涼子の名を呼び捨てにし、悪罵をぶつけた。
 震える体をぎゅっと抱いて、涼子は、この最大級の人権蹂躙に耐えた。赤面する顔とは裏腹に、裸の体は、血が凍ってしまったかのように冷たくなっている。



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