バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十四章
自己保身
1



 どれだけ頭をひねったことだろう。部屋の机に突っ伏して。熱い風呂の湯に浸かりながら。布団の中で暗い天井を見つめて……。
 しかし、ついに呪縛から抜け出す方法を思いつくことはなかった。つまり、あの薄汚い三人の女から呼び出しを受ければ、またしても自分は、慰み者としてもてあそばれることになる。彼女たちの行為が、以前よりさらにエスカレートするとしたら、もう、何をされるかわかったものではない。そんなことを思い、南涼子は、部屋の中で幾度となく叫び声を上げそうになった。
 
 何よりつらいのは、それでも学校から逃れることはできないということ。合宿費の問題があるのだ。先日、あの三人が返してきた額が六万。まだ、本来の合計額には三十万以上足りない。もし、ここで自分が家に閉じこもり、その問題から逃避してしまったら、どうなるか。おそらく、合宿は中止に追い込まれるだろう。ただの合宿ではない。自分たち三年生にとって最後となる大会を前に、これまでの練習の総仕上げを行い、そして、チームとしてのきずなを、今一度、確かめ合う場である。
 キャプテンとして、いやバレー部の一員として、どうして頬被りすることができようか。何がなんでも、合宿費を全額取り戻さなくてはいけない。そのためには、あの三人との接触は不可避である。
 
 六万円の入った封筒を見つめると、なんともいえない気持ちになる。
 この金はエサなのだ。涼子を学校へ誘い出すための。
 毎日登校し、上辺だけは、以前と変わらぬ高校生活を送ること。そして、呼び出しがあった場合は、指定された場所へ必ず赴くこと。そこでは、決して命令に逆らってはいけない。そのプロセスをこなすならば、合宿費は分割して返してやる……。そんな意味合いが、この金に込められているのだった。
 
 心も体も限界を超えて倒れそうな毎日でも、前のめりの態勢で、脚は一歩、また一歩と前に出る。そうして明日の学校へと向かう以外に、選ぶ道はない。
 
 涼子は、熱い湯船に勢いよく頭まで潜った。顔を出すと同時に立ち、湯船から出る。
 風呂椅子に腰掛けると、T字のカミソリを手に持ち、反対の腕を上げた。むだ毛にはコンプレックスを持っていて、毎日手入れを欠かせないほどだというのに、この数日、処理をしていない。部活ではTシャツで動いているため、周りの子の目が気になり、支障をきたしていた。
 早くも皮膚は、ちくちくとし始めている。もう放置できない。皮膚にぴたりとカミソリを当てるが、手が止まった。処理はするなと言われ、それが馬鹿げているとわかっていても、命令を無視するのが怖かったのだ。涼子の精神は、それほどまでに萎縮していた。
 結局、何度かカミソリで撫でただけの、不十分な形で終わった。
 
 涼子は、立ち上がって鏡を見た。最近では、鏡に映った自分の裸を見ると、ぞっとする。
 女として申し分のない曲線美。高校生アスリートとして強さを追い求めた筋肉。その二つを兼ね備えた自分の体には、涼子自身、少なからぬ自信を持っていたが……。この体が、あの女たちに観察されている、と思うと、鏡に映る裸の体が、ひどく不潔なものに見えてきてしまうのだ。
 
 逆三角状に黒々とした茂みに、涼子は指を入れた。軽くむしってみる。抜けた縮れ毛を確認し、シャワーで流す。何度かそれを繰り返した。
 今使ったばかりのカミソリを見る。この部分を少し処理したいという気持ちが、徐々に涌き上がってくる。放課後も休日も、部活で忙しく、これまで、誰かに見せるような機会は想定していなかった。そんな機会は、当分来ないはずだった。なのに……。
 恥ずかしい。また脱がされるのがわかっているのなら、せめて見苦しさを減らしたい、と思う。
 自分の体について、少女たちが吐いた侮辱の言葉の数々が思い出される。とくに、あの後輩が、自分の後ろに立っていた時に言い放った言葉が、胸によみがえる。
 涼子は、おしりにも手を伸ばした。しかし、そこで思い直し、割れ目に指を差し入れることはせず、肉をぎゅっとつかんだ。
 馬鹿なことを。脱がされた時に備え、手入れを行うなど、そんなに愚かで惨めなことはない。
 それに自分は、あろうことか陰毛の処理まで禁止されていたのだ。なんで、わたしは、こんなことにまで口を出されているの……。人前では決して見せない涙が、目から溢れてくる。
 
 明日また、辱めを受けるかもしれない。明日でなければ、明後日か……。いつまでこれは続くのか。恐怖と不安で神経がすり減る。悔しくて悲しくて何かに当たり散らしたい。いっそ誰かに泣きつきたい。
 学校が見えてくると、足がすくむ。校門を通るたび、涼子は思う。大きな心配事もなく登校してくる、ほかの子たちが、心の底から羨ましい。今日、わたしは無事に学校から帰れるの……?



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