バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十四章
自己保身
6



 香織は、気だるげな態度で、こちらに歩み寄ってきた。
「どうなのお? あたしたちの前で、おしっこしてみるぅ? こうやって……」
 その手が、涼子のスカートの裾をつまんだ。スカートの生地が、ふわりと持ち上げられ、太ももが露出しそうになる。
「やめてっ!」
 涼子は叫び、スカートを両手で押さえつけた。
 だが、香織は怯む様子もなく、もう一度、裾をつかんだ。
「手、どけて。逆らえる立場じゃ、ないでしょ?」
 香織は、自分が絶対的優位にあることを確信しているらしく、ふてぶてしくこちらに顎を突き出している。
 
 くそ……。涼子は、そっぽを向き、血管の切れるような思いで両手を離した。
 スカートが捲り上げられ、むっちりとした涼子の下半身と、そこにフィットした薄いグレーの下着が露出した。
「どう? 恥ずかしい? でも、写真盗ってこないと、放課後、もっと恥ずかしい思いすることになるよ? なんったって、おしっこだからね。冗談じゃなく、本当にやらせるよ。今の南さんに、人のことを心配してる余裕なんて、ないんじゃないのかなあ?」
 香織は、下着の中を見透かすかのように、涼子の下腹部に視線を這わせる。
 変態……。涼子は、屈辱のあまり、体が小刻みに震えるのを感じていた。過去の自分が、こんな変態女の前で、服をすべて脱いだということが、自分で信じられなかった。誰かほかの人が、自分の身代わりとなって、その苦痛に耐えていてくれたのではないかと、本気で考えてしまう。

「どうすんのお? 写真、盗ってきてくれるよねえ? それとも……」
 香織の人差し指が、涼子の下腹部に迫った。排泄器官としての女性器を意識させるかのように、下着状態の腰骨のあたりを指で突かれ、涼子はびくりとした。
 目が合うと、香織は、にいっと歯茎を見せて笑う。
 もういや……。こんな変態女の前で、服を脱ぐだけでも有り得ない話なのに、あろうことか排泄の瞬間を見せるなんて、想像するだけで気が狂いそうだ。もしかすると……、と涼子は思う。言われたとおり、写真を盗らないといけなくなるかも……。
 
 その時だった。剥き出しの太ももの付け根、つまり下着のラインを、香織の人差し指がなぞり始めたのだ。つま先から頭頂まで、戦慄が走った。
「やだっ! 待ってっ! ちょっと、わかった、待って!」
 涼子は叫び声を上げ、捲られていたスカートごと、両手で恥部を押さえ、二、三歩、飛び退いた。香織の舌打ちが聞こえる。乱れる呼吸を整え、反抗的だと香織に責められる前に、口を開いた。
「ねえ待って! そんなに写真を盗りたいなら、自分でやればいいじゃん!? なんでわたしに、やらせようとするの!?」
 さっきは呑み込んだ台詞を、ついに吐き出してしまった。もはや、滝沢秋菜への心遣いを念頭に置いておく余裕は、涼子にはなかった。クラスメイトを裏切っているみたいで、胸に罪悪感が残る。もう、どうしたらいいのか、わからない……。
 
 思いのほか、香織は落ち着いていた。
「南さんに頼むのはさ……、今日の日直、バレー部の雨宮さんでしょ? あたし、バレー部の子って、いつもうるさくしてるし、嫌いなんだよね。教室の鍵を借りるために話しかけるのも、なんか嫌なの。まあ、そういう理由も、あるってわけよ」
 想像以上の小心者である。相手の弱みを握るなどし、優位な立場にならなければ、活発な生徒に対しては、話しかけることすらできないらしい。そういえば、さっきも、涼子の周りに友人が集まっている時には、香織は、自分で涼子を呼ぶことはせず、違うクラスの明日香にやらせていたのを思い出す。
「待って……。滝沢さんの写真が盗まれたってことを、クラスのみんなが知ったら、教室の鍵を借りたわたしが、まず疑われるに、決まってる。わたしのバッグやロッカーの中、見せないといけなくなるかもしれないし……。そうなったらもう……。こんなリスクのあること、やらせるって、いくらなんでも、ひどいでしょう?」
 かりに涼子が写真を盗んだとして、それは発覚するか、どうか。話の焦点は、いつの間にか、そんなところに移っていた。発覚したら、当然、涼子の高校生活は、そこで終わってしまう。
「大丈夫だって。バレないから。だって、写真は十枚くらいあったんだよ。そのうちの一枚くらい無くなったって、滝沢さんは、気づかないって。絶対にバレないから、安心して、ちゃっちゃっと盗ってきてよ」
 本当にそうだろうか……。写真が十枚ほどあるというのが本当ならば、たしかに、一枚減ったところで、本人は気づかない可能性のほうが、高いかもしれない……。そうだ。きっと気づかない……。気づかないということは、彼女を傷つけたことには、ならないはず。香織たちが、その写真をどう使うつもりかは知らないが、香織たちに写真を手渡したからといって、即、彼女が実害を被るというわけでは、ないのだし……。それに、何より、こんな変態女の前で排泄するなんて、絶対にいや……。
 
 と、そこで、涼子は我に返った。ショックだった。心の中に、自分のことしか考えない自分がいることを、知ってしまったのだ。
「できない……。盗ってくるなんて、やっぱりできない……」
 涼子は、微かな声で言った。そう口に出して拒まなければ、また虫のいいことばかり考えだしそうで、怖かった。
 香織は、はあーっと大げさな溜め息をつく。
「あーっそーっ。クラスメイトを庇って、自分が犠牲になるっていう精神なんだあ? 立派だねえ、南さん。ただ、それはつまり、『わたしは、おしっこを出しますので、見てください』っていう宣言と同じ意味だからね。いいんだね?」
 涼子は、床の一点を見つめたまま答えなかった。香織の脅しに、気持ちが揺れる。
 心の中の暗い部分に、自己保身に染まった自分が、うずくまっている。その自分は、病的に青ざめており、目に涙をたたえている。助かりたい……。そんなの耐えられない……。写真を盗ってこないと、わたし、ひどい目に遭わされちゃう……。そう訴える声が、心に響く。
 ともすると、そちらに気持ちが傾きそうになる。だが、涼子は、ひとり首を振り、そんな迷いを追い払う。滝沢さんに対する嫌がらせに、手を貸したら、わたしも、こいつらと同類になっちゃう……。



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