バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十五章
クラスメイト
3



「まあいいや……。じゃあさっそく、南さんが盗ってきてくれた、この写真を、使わせてもらおうか。この写真ねえ、滝沢さんに向けた、メッセージを作るのに必要だったの……。メッセージ。そんで、南さんには悪いけど、また協力してもらいたいんだよね」
 メッセージ……? その写真にマジックで書き込まれた、滝沢秋菜への誹謗中傷、あるいは脅し文句のようなものが、脳裏に思い浮かぶ。涼子は、心臓の鼓動が、急激に大きくなっていくのを感じた。
 
 香織は、つり上がり気味の目を見開き、話を続けた。
「驚かないでよ? 実は今さあ……、滝沢さん、帰らないで、教室に残ってるはずなんだよね。話があるから、放課後、教室で待っててって、さっき、あたしが言っておいたの。その滝沢さんに、あたしたちの作ったメッセージを、渡してほしいんだよね……」
 香織の話を理解しようとすればするほど、涼子の頭は混乱した。
「えっ、ちょっと、待って、ちょっと、なに? その写真を使ったメッセージを、わたしが、これから、滝沢さんに渡しに行くって……、それって、写真を盗ったのが、わたしだってことを、滝沢さんに、教えに行くようなものじゃない? できない、そんなの」
 涼子は、へどもどしながらも、慌てて抗議した。冗談じゃない。盗んだものを、どうして本人に届けることなどできようか。
 だが、香織は、まあまあ、というふうに右手を挙げた。
「だいじょーぶ。南さんは、偶然どこかで、そのメッセージを見つけて拾ったっていう設定で、いいから。第三者ってことなの。意味、わかる? それと、あたしも、付いていくから。つまり、南さんとあたしの二人が、たまたま拾ったメッセージを、同じクラスの滝沢さんに届ける、っていうシチュエーションになるかな」
 香織は、人差し指を振りながら説明する。
「なんで、南さんとあたしの二人かって言うとね、明日香やさゆりを連れて行くと、同じクラスでもないから、さすがに怪しまれるだろうし、後々のことを考えると、あたしたち三人が、知り合いだってことを、滝沢さんに知られてないほうが、都合がよくてね。……だから、協力してよ、南さん」
 
 聞いた情報を、頭の中でなんとか整理する。その筋書きの全体像が、少しずつ見え始めてきた。要するに、滝沢秋菜を騙せということか。そのメッセージとやらは、香織たちの手によるものと知りながら、拾ったなどと嘘をつくのだから。
 そんなことはできない。そもそも、今は、滝沢秋菜と顔を合わせるのすら、気まずい心境だというのに……。
「待って……。そのメッセージって、べつに、滝沢さんに、直接渡さなくても、いいんじゃ……? あとで、机の中に、入れておくとか……」
 性根のねじ曲がった発言だということは、涼子も承知している。本来であれば、クラスメイトへの陰湿な嫌がらせ自体を、止めさせるべきところなのに。しかし、今の涼子に、そんな気持ちのゆとりは、残っていないのだった。
「ダメダメ。あたしは、メッセージを見た滝沢さんの反応を、この目で確かめたいの。あたしたち三人を代表して、あたしが確かめてくるの。そういうわけで、これから、渡しに行ってくれるよね? 南さんは、あたしたちの協力者だもんね?」
 涼子と香織の水掛け論で、香織が引いたためしはない。自分ひとりでやってよ、と訴えたところで、この香織が首を縦に振るとは、とても思えなかった。
 どうしよう……、と涼子は途方に暮れた。このままでは、それを実行させられる羽目になる。元から少し苦手意識のある、滝沢秋菜を前にし、第三者を演じ、何も知らないフリをして、自分の盗んだ写真が使われたメッセージを手渡す……。その精神的なハードルの高さに、涼子は、想像するだけで、くらくらと目まいを起こした。

「そんな……、やっぱり、わたし、できない……。滝沢さんを騙すなんて……」
 涼子は、ぽつりぽつりと言った。
 すると香織は、鼻で笑って馬鹿にした。
「今さら、なに、いい子ぶってんの? 南さんは、写真を盗んできた時点で、もう、滝沢さんを裏切ってるわけでしょ? つまり、あたしたちの側に付いてるってことなの。今になって、『滝沢さんを騙すのは、いや』なんて言うのは、虫が良すぎるよ」
 その『あたしたちの側』という言葉には、強い違和感を覚えたが、香織の発言は、あながち的外れでもないような気がした。たしかに、自分はすでに、香織たちに荷担してしまっている。しかし、今度は、こっそりとものを盗むのとは違い、滝沢秋菜本人に対し、直接、行動を起こすのだ。良心の呵責というより、なにか生理的ともいえる抵抗を感じてならない。
 
 せっぱ詰まった涼子は、とつとつと本音を吐露していった。
「あの……、待って。罪悪感とか、そういうのじゃなくって、わたし……、滝沢さんの前で、うまく喋れない気がするの……。わたし、そんな器用じゃないから。言葉に詰まっちゃうだろうし、そうしたら……、滝沢さんにも、絶対、怪しまれると思う……」
 情けなくも、最後のほうは、蚊の鳴くような声量しか出ていなかった。
「だいじょーぶ。南さんなら、絶対にできるから。やってみないうちから、やれないとか、泣き言を言う人って、あたし、嫌いなの。滝沢さんと会う前に、ちゃんとセリフを考えておけば、失敗するわけ、ないって」
 香織は、取り付く島もない。
 とはいえ、涼子にしてみれば、知らない歌を全校生徒の前で独唱しろと言われているのと同じくらい、それは困難に感じられて仕方がないのだ。
「でも……、わたし、滝沢さんの前で……、頭が混乱して、変なこと言っちゃうかもしれないし……、それに……」
「あんまり怒らせないでよー、南さーん」
 すがりつくような涼子の言葉を、香織は、にべもなくさえぎった。
「あたしたちの協力者として、もう、最後までやるしかないって、なんでわからないの? あたしたちの信頼を裏切って、ここで投げ出すつもり? そんなこと、許さないからね、絶対に。もし、そんなことしたら……、教室に、いられなくしてやるから」
 香織は、涼子の顔を斜めに見上げながら、にやりと笑った。
 へなへなと両脚から力が抜けていきそうだった。涼子の人生に致命的なダメージを与えるであろう、あの伝家の宝刀が、香織の手には握られているのだ。だめだ……。とても逆らえない。
 
 やるしかないのか……。だが、メッセージの内容によっては、それを手渡した涼子が、結果的に、滝沢秋菜を地獄へと引きずり込むことになるかもしれないのだ。たとえば、日時を指定し、どこか特定の場所へと、彼女をいざなうような文面だった場合には……。それだけは忍びなかった。
「あの……、ねえ……、その、メッセージって、写真に、なんて書くの……?」
 そう尋ねた時点で、渡しに行くと言っているようなものだった。ただの幼稚な悪口の類だったら、まだいいけど……、と涼子は思わざるをえない。
「うん? 写真に何かを書き込むなんて、あたし、一言も言ってないけど?」
 香織は、とぼけるように言った。
 意外な答えだった。
「えっ……? それじゃあ、メッセージって……、けっきょく、なんなの……?」
 涼子が問うと、香織は、腹の底から込み上げる笑いを、堪えるような表情を見せた。
「メッセージが何かってこと? いい質問だね。……と、その前に、はっきりしておきたいんだけど、南さんは、ちゃんと、滝沢さんにメッセージを渡すってことで、いいんだね?」
 今一度、念を押される。
 もう、これ以上ためらっていても、香織から、くどくどと脅迫の言葉を聞かされるだけだと、わかっている。涼子は、口もとを結び、わずかに顎を引いた。頷いて見せたつもりだった。
 曖昧な意思表示だったが、香織は、それで満足したらしく、再び話し始める。
「うんうん……。それじゃあ、これから、滝沢さんに向けたメッセージを作るから、南さんは、ちょっと、そこで待ってて。すぐに終わるから」
 香織は、自分のバッグを手洗い台に載せると、チャックを開け、なにやら、一冊の教科書を取り出した。『保健』の教科書だった。
「これ、実は、滝沢さんのものなの……。ほらっ……。ねっ?」
 香織は、裏表紙をこちらに向け、突き出した。驚くことに、その言葉どおり、名前の欄には、『滝沢秋菜』と手書きで書かれている。
 涼子は、目をしばたたいた。
「ロッカーから盗んでおいたの。一昨日、こっそりとね」
 涼子の疑問を先回りし、香織は言った。
 では、滝沢秋菜は、涼子と香織によって、二つのものを盗まれたことになるのか。いや、それと、体操着も。全部で、三つもだ。
「なっ、なんで……?」
 自分も同じことをやっているせいか、感覚が麻痺していて、盗みに対する義憤は、不思議なほど感じない自分がいた。
「うん、あのね、簡単に言っちゃうと、この教科書が、メッセージの本体なの。南さんには、これを、どこかで拾ったことにして、滝沢さんに渡してほしいの。滝沢さんの写真は、なんて言うか……、付属品みたいなものかな」
 香織の話は、涼子にはさっぱり理解できない。

「まあ、見てればわかるよ。……さゆりっ。ハサミとノリと……、あと、マジック、出して」
「はーいはいっ」
 指示された後輩は、香織と同じように、もう一つの手洗い台にバッグを置くと、うきうきとした様子で文房具を出し始める。
 涼子は、呆然とそれを眺めていた。いったい、こいつらは、何を始めるつもりなんだろう……。



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