バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十六章
二年前
6



 それから二週間ほど経ち、香織の気持ちに、大きな変化が生じた。人生観が変わったともいうべき、とてつもない変化だ。
 怖ろしいことに、香織自身も怖ろしいと感じていることに、涼子に対する憧憬は、ふとしたきっかけで、どす黒い悪意に変質してしまった。
 嫌い、とか、憎い、などと思ったことは、一度たりともない。むしろ、同じクラスになれて、本当によかった。しかし、涼子への悪意は、狂おしいまでに膨らんでいった。涼子に対し、何もせずに高校生活が終わるなんて、考えたくもなかった。絶対に、痛めつけてやる、と心に誓っていた。
 だが、とてもじゃないが、香織独りでは、涼子は手に負える相手ではない。だから香織は、明日香とさゆりの二人と、徒党を組んだ。そして三人で、涼子をハメることにした。
 
 体育倉庫の地下で、香織の願いは、とうとう実現した。涼子の体から、最後の衣類を剥ぎ取った時、香織たちの勝利が確定した。全裸の涼子は、無力だった。あの、あらゆる意味でパワフルな涼子が、香織たちに何をされようとも、文字通り、手も足も出なくなったのだ。香織は、涼子をなぶった。精神的に。性的に。香織にとって、十七年の人生の中で、最大、最高の出来事だった。
 翌日、同じ場所で、それをもう一度繰り返した。涼子に対して、香織たちは、絶対的勝者だった。敗者の涼子は、前日と同様、無惨にも、衣類を何も身に着けていなかった。
 高校生活は、夢見心地になった。二度に渡って、あの南涼子を好きにすることができたのだ。そして、三度目の実現も、もはや保証されているようなものである。(この数日後、放課後の教室に涼子を呼び出すことになる。)
 授業中、涼子の後ろ姿を眺めているだけで、香織は多幸感を得られた。涼子が、英文の朗読で当てられるなどし、その甘いアルトヴォイスが耳に入ってくると、くすぐられるような快感を覚えてしまう。もはや香織にとって、涼子の存在自体が、麻薬みたいなものだった。
 だが、もう一点、麻薬と似たところがあった。耐性が付くことである。
 今度、涼子を呼び出したら、何をしてやろうかな……。前回より、もっともっと……、涼子をひどい目に遭わせたい。香織は、そう思っている。こんな調子で、涼子に対する加虐行為は、前回より次回、次回よりその次と、どんどんエスカレートしていきそうだった。もう、前回までと同レベルのことをやっていては、満足できそうにない。物足りない。『耐性』が付いてしまっているのだ。
 
 しかし、考えさせられる。
 昨日、体育倉庫の地下で、すなわち二日目の時点で、涼子はすでに、乳首も、陰毛も、臀部も、すっかりさらけ出し、その恥辱に身を震わせながら立っていた。いや、そればかりではない。たとえば……。香織は、涼子の尻の割れ目に、人差し指を差し入れるようなことまでした。そのまま、尻の肉を、横に押し広げてやった。涼子の体の、もっとも不潔な部分が、目に焼きついた。その時、涼子は絶叫していた。あれはまるで、焼きごてを当てられたかのような絶叫だった。
 たった二日間で、涼子に対する責めは、かなりのレベルまで行ってしまった、という気もする。次回、自分は、そのレベル以上の激しさで涼子を責めなければ、きっと満足できない。では、どんなことをしたらいいのだろうか……?
 自然と、一つ思い浮かんだ。だが、それは、あまりにも不潔な行為で、変態性が強すぎ、同時に、同性愛的な匂いもするので、却下だ。明日香やさゆりの目だって、気になる。香織は、プライドの高い人間だった。クールでニヒル。そんなふうに思われていたい。気持ち悪い女なんて思われるのだけは、耐えられない。
 それでは、涼子に憧れている後輩たちを、片っ端から体育倉庫の地下に集めて、彼女たちの前で、涼子にストリップショーをやらせる、というのは……。これならクールなやり方だ。だが……、現実的ではない。涼子を縛りつけて、どこかに吊し上げるというのも、何か違っている。
 前回以上の激しさであり、それでいて変態的な雰囲気が漂わない、そんなやり方は、案外、探すのが難しい。
 
 香織は、焦燥にも似た思いを抱いた。まずい。このままでは、次回あたりにはもう、快楽の時間が終わってしまう。なんとかしなくては……。
 これからは、涼子をなぶるのにも、何か工夫が必要だという結論に至る。よいアイディアはないだろうか。イメージとしては、もっと、こう、別の角度からも、涼子を責めていくような……。そんなやり方を、思い付ければいいのに。なかなか難しい。なぜかこういう変な時に、自分は、天才的能力を発揮するのだが。
 もう少し、涼子の視点に立って考えてみたほうが、いいかもしれない。涼子が、何をされたら嫌がるか。涼子が、嫌なもの、苦手なもの……。
 あっ……。
 香織は、頭上に、何か光り輝くものが舞い降りてきた気がした。
 そういえば、あったのだ。涼子には、そんなものが。いや、ものではなく、人間、このクラスの生徒だが。
 
 香織が目撃したワンシーンが、閃光となって眼前によみがえる。
 涼子は、どうにか仲良くなろうと、思い切った様子で話題を振った。しかし、滝沢秋菜は、素っ気なく一言、二言返しただけで、横を向いてしまう。その口もとに、苦笑めいたものを滲ませて。
 会話は、それで終わってしまった。
 その時の、涼子の様子は……。軽く下唇を噛んだ表情は、自分のふがいなさを反省しているかのようだった。もじもじと指をいじっているのは、だいぶ気まずさを感じているためだろう。どことなく、乙女チックな恥じらいにも似た仕草だ。あの、さばさばとしたボーイッシュなバレー部のキャプテン、南涼子も、そんなところを見せるのだ。滝沢秋菜が相手だと。
 苦手意識。涼子のあの姿には、それが、はっきりと表れていた。
 苦手意識。ニガテ、イシキ。苦手な子。ニガテナ、コ。香織は、声に出してみる。なんだか、妙に甘美な響きに思えてくる。
 もし、涼子のそんな、相性、苦手意識、気まずさ、恥ずかしさ、といったデリケートな部分を、蹂躙することができたら……。
「うわぁ……」
 突然、うっとりするほど美しい景色が、眼前に広がったかのように、香織は、つい声を漏らしていた。なんて素晴らしいだろう……。
 でも、どういった方法で? 香織たち三人で、そのことを徹底的にからかってやる、とか……。
 いや、待てよ……。
 その時、秋菜の声が、脳裏に響いた。穏やかな声ではない。その言葉は、香織にとって、立ち尽くすほど衝撃的だったので、ほぼ完全な形で思い出せる。
『なんで、あの子、わたしたちの中に、入ってくんの? ノリは変だし、くだらないことで盛り上がるし……。ホンット、うざいんだけど』
 香織は、それを、脳内で何度もリピートするうち、ふと、悪魔のような考えが浮かび、我ながら、ぞくっとした。
 それだったら……、涼子を責めるのに、『秋菜本人を』使えばいいんじゃないの……? 秋菜がその気になるなら、香織たちが全面的にバックアップする。つまり、秋菜と手を組むのだ。
 このアイディア、けっこう、いけるかも……。
 ここで、涼子を嫌っているのが、別の生徒だったら、話は違っていただろう。いやむしろ、期待はできなかった。いくら嫌いな相手とはいえ、なぶりたいとまでは、なかなか思わないはずだから。しかも、微妙に変態的に。
 けれども、滝沢秋菜なら……。秋菜の性格の悪さは、二年前、嫌というほど思い知らされた。あの、芝田さんへの仕打ちは、香織ですら、見ていてげんなりしたほどだ。三年になった今でも、秋菜の内面は、本質的には変わっていないと、香織は睨んでいる。そのダーティーな面を、表に出さなくなっただけだ。そもそも、あの太陽のような涼子を、避けるほど忌み嫌っているという時点で、性格が歪んでいるのだ。
 だが、今の香織にとっては、その性悪さが、光り輝くほど魅力的に思えてならない。秋菜なら、やる、と言ってくれるのでは……。
 しかし、いくつか問題がある。秋菜は、涼子との相性が最悪なのは素晴らしいが、香織とも、肌が合わなそうなタイプだということ。香織も、正直、秋菜のような雰囲気の生徒は、好きではなかった。一年の頃の秋菜を知らなくても、同じだっただろう。それに、仲間に引き入れることに成功したとしても、頭脳明晰で、自分の考えを持っていそうなので、香織がコントロールできるか、不安だった。明日香やさゆりとは違う。
 
 けれども、このままでは、よくないのだ。涼子をなぶるにしても、香織には、すでに強い耐性が付いていて、ちょっとやそっとのやり方では、気持ちが高ぶらない。次回あたりには、得られる快楽も、半減するかもしれない。
 それに、と思う。耐性は、下手をすると、涼子の側にも付くのではないだろうか。つまり、そのうち、香織たち三人の前で、服を脱がされているという状態に慣れてきて、その恥ずかしさも、だんだん薄れていく、というような……。怖ろしいことだった。考えたくもないことだった。そうなったら、すべては、無味乾燥なものに変わってしまう。
 だが、涼子にしたって、その場に、秋菜が入るとしたら、物の感じ方も、まったく違ってくるだろう。なにせ、涼子にとって、同じ女とはいえ、苦手な子が、目の前にいるのだから。
 涼子には、常に新鮮な恐怖や苦痛を与えたい。まずは、驚愕に目を剥いてほしいのだ。そうでなくては、始まらない。
 そこまで考え、香織は、ぶるりと胴震いした。そして、秋菜が欲しい、と渇望する。
 
 秋菜は、毒を持っている生き物だ。それも猛毒だ。だから、秋菜をそばに置くのは、リスクが伴う。最悪、香織が噛まれて、えらい目に遭うかもしれない。けれども、その毒が、涼子の体に注入されるとしたら……。きっと、激痛にのたうち回る涼子の姿は、さぞかし絶景に違いない。また、それを眺める自分は、クールだ。



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