バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
4



「それはそうと、南さん……。腋毛、剃ったり抜いたりするのは、禁止っていう約束、守ってんだろうね? あと、まん毛と、きったない、けつ毛も、そのままにしてある? 今から、ボディチェックするよ」
 香織は、いきなり話を変えた。
 毛……。涼子は、目を見開いた。
 今、香織が口に出した、決して人には見せられない種類の、体毛。あろうことか、涼子は、その処理を禁止されているのだ。そして、四日前、放課後の教室でのこと。全裸にさせられた後、『約束』を守っているかどうか、ボディチェックと称して、陰毛の状態まで調べられた。あの、身を焼かれるような恥辱の記憶が、鮮烈によみがえってくる。
 そんな、いや……。今から、また、あんな思いをさせられるなんて……。
「ねえ、お願い……。わたし、もうそろそろ、練習に、戻らないといけないの……。だから、今日はやめて。お願いだから……」
 むろん、今日も、明日も、明後日も、やめてほしい。しかし今は、なんとかこの場を切り抜けることしか、考えられない。
「練習かあ……。そうだねえ……」
 少々意外なことに、香織は、人差し指を頬に当て、考える仕草を見せた。
「じゃあ、わかった……。服、脱がなくていいから、まず、腋毛の検査する。ちゃんと、約束守って、腋毛を、処理してないってことが、見てわかったら、まん毛とけつ毛の検査は、免除してあげる。これで嫌とは、言わせないよ」
 珍しいことだった。香織が、大幅に譲歩したのだ。そして、香織の言う『約束』は、『ほぼ』守っている状態だった。これならば、腋を見せるだけで……。
「わかり……、ました……」
 情けなくも、涼子は、少し有り難いような気持ちになって、小声ながらも敬語を使っていた。
 香織は、優越感に満ちた表情を浮かべる。
「それじゃあ……、ほらっ、検査するんだから、シャツの袖をまくって、両手を頭の後ろで組んで」
 その命令に、涼子は、ほとんど躊躇の素振りを見せず、従った。白いTシャツの袖を、肩までたくし上げ、降伏するようなポーズを取る。
「明日香、明日香、いつものように、反対側、調べて」
 香織は、こちらに歩み寄りながら、手招きする。
「オッケーイ」
 明日香も、嬉しそうに返事をして、動きだす。
 
 涼子の右腕側に、香織が、左腕側に、明日香が立った。涼子の腋を調べる時は、前回も、その前も、この二人の組み合わせだった。
 シャツの袖口に、香織は、興味津々の表情で、指を突っ込んできた。
「どれどれぇ……」
 袖口が、わずかに下に広げられる。
 反対側を、明日香が、同様にした。
 前回、つまり四日前。涼子が、命令を無視し、腋の処理を行っていたことに、香織は、理不尽にも激怒した。次、同じことを繰り返したら、もう、何をされるかわからない。そう思い、あの日から昨夜まで、まったく手を付けられなかった。昨夜、どうしても気になり、かみそりを手に取ったが、ざっと何度か撫でただけの、不十分な状態で終えている。
 今回は、大丈夫のはずだ、と涼子は思う。こんなふざけた命令に従っている自分の、情けなさ、惨めさで、涙がこぼれそうではあるが。

「うわぁ……」
 香織が、そう声を漏らした。引いているような、それでいて喜んでいるような、そんな声だった。
「約束……、守って、剃ったりしなかったんだ?」
 香織は、ささやくように言った。その顔に、薄気味の悪い笑みを浮かべて。
 屈辱を押し殺し、涼子は、唇を噛んだまま、小さくあごを引いてみせた。
 明日香は、そんな涼子を見て、ううーん、と猫のような声を出した。そして、涼子の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「りょーちん、いい子、いい子……」
 彼女たちが満足している様子に、ほっとしている自分がいた。これで、パンツに隠れている部分は、確かめられずに済みそうだ……、と。
 しかし、その時、左腋に、明日香の指がぺたりと触れたことで、全身の筋肉が、ぐっとこわばった。
「えっ……。ちょっと、やだ、なに……」
 二人に文句を言われないよう、両手は頭の後ろで組んでいたが、涼子は、腋を触られる嫌悪感に、もぞもぞと体を動かした。
 だが、明日香は、それでもお構いなしに、数本の指で、そこの皮膚をこすり始めたのだった。この数日間、まともに処理をしていないうえ、部活の練習でかいた汗で、じっとりと湿っている、涼子の腋を。
 涼子は、身の毛のよだつ思いだった。
「りょーちんのワキ、すごーいじょりじょりするぅ」
 明日香は、そう言って、あの、笛の音のような笑い声を立てる。
 その後の彼女の行動は、涼子が、薄々予想したとおりだった。
 明日香は、涼子の腋汗で、ほんのりと濡れた指先を、鼻の前へ持っていったのだ。くんくんと鼻を鳴らす音。
 気持ち悪い。変態。涼子は、心の中でそう毒突く。
 そして、明日香は、吹き出すのをこらえるような顔で、一言。
「なんかぁ、ワキゲ伸ばすとぉ、臭いが、きつくなんのかもぉ」
 その言葉に、涼子は、腹の底から、何かが込み上げてくるのを感じた。
「えっ? マジで?」
 香織は、小躍りせんばかりに反応し、明日香と同様に、涼子の腋に、手を伸ばしてきた。
 腋の下に、手の平をべたりと張りつけられる。その手は、ざらざらとした腋毛の感触を確かめるようにした後、皮膚を、一度、ぎゅっとつかんでから、離れていった。
 香織は、その手で鼻を覆い、すーっと息を吸い込んだ。
 変態。涼子は、もう一度、心の中で毒突いた。同じ行為でも、明日香より、香織のほうが、なぜかよけい気持ち悪く感じる。
「うっわ、くっさーい。たしかに、明日香の言うとおりかも……」
 香織は、おどろおどろしい声で言うも、その顔は、喜色に満ちていた。
 いったい、何がそんなに嬉しいのか、涼子にとっては、理解不能としか言い様がない。
「ほらっ、南さん。ちょっと、自分でも嗅いでごらんよ」
 香織は、その手を、涼子の顔に近づけてくる。
 涼子は、両手を頭の後ろで組んだまま、顔を背けることもせず、じっとしていた。鼻先に当てられた手の平から、苦いような刺激臭が、鼻孔に流れ込んでくる。こんな臭いを、二人に嗅がれたのかという思いが、一瞬、脳裏をよぎる。
 香織は、調子に乗って、その手を、涼子の顔に、べったりとこすり付けてきた。
「うっ……、やっ……」
 涼子は、反射的に、ぶんっと顔を振った。怒りが燃え上がり、いい加減にして、という視線を、香織に向ける。
 それでも香織は、澄ました顔で、こちらを見返している。
「なに? 腋毛の検査だけで、許してあげようっていうのに、そうゆう態度、取るんだ?」
 そう言われて、涼子は、うつむいた。反省の態度を示したつもりだった。今、香織の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
 すると間もなく、再び、顔に手をこすり付けられる。鼻の下、唇、頬、と満遍なく。涼子にできるのは、固く唇を閉じていることだけだった。
 
 香織は、涼子の鼻と唇に、手を当てたまま、言った。
「あのさあ、南さん。南さんの腋の臭いで、手、臭くなっちゃったからさあ……、ちょっと、舐めて、臭い、落としてくんない?」
 さすがに、冗談だろう……。涼子は、そう思った。
「南さんのつばも、汚いかもだけど、腋の臭いより、マシかもしんないから。だから、ほらっ、やって」
 この女は、本気で言っているのか……?
 香織は、手をどけようとはしない。
 どくどくと、動悸が全身に伝わってくる。どうやら、本気で言っているようだ、と涼子は悟る。だが、どうして、香織の手を舐めることなどできようか。
「ほらっ。どうしたの? やれないってわけ? ……だったら、やっぱり、まん毛とけつ毛の検査も、することにしようかなあ……」
 それだけは、いや……。
 自分のプライドを捨てるというのは、こういうことなのだろう。
 涼子は、口の中から、舌を出していった。香織の手の平に、舌先がくっつく。そのまま、ちょろちょろと舌を動かし始める。
 香織は、ひひひっと低く笑い、明日香に視線を送った。
 明日香は、くしゃりと顔を歪めて言う。
「ええー、やだぁ……。りょーちん、ほんとーに、舐めてるわけぇ?」
 香織は、うん、うん、と愉快そうにうなずく。
 他人の手を、舐める。それも、世の中で、もっとも憎い女の手を。涼子は、泣きたい思いで、目の前の手に、舌を這わせ続けた。舌先に、手の平のしょっぱい味を、かすかに感じる。しかし、何より嫌だったのは、香織の手に、自分の唾液を付けているということだった。
「ちゃんと、全体的に舐めてよね。南さんの腋の臭いが、完全に消えるように」
 そう命じられ、涼子は、舌を伸ばし、指の付け根のほうまで舐め上げていく。屈辱のあまり、吐き出す息に、おえつが交じる。下の毛を調べられたくないからとはいえ、こんなことまでしている自分は、いったい、何者なのだろうかと思う。
 たっぷり十秒以上、それを続けさせられた。香織の手が、ようやく顔の前から離れる。
 香織は、涼子の唾液で、てらてらと光る手の平を、まじまじと見つめる。
 なんとも忌まわしい光景だった。
「きったねぇ……」
 香織は、その手を、涼子のTシャツでごしごしと拭った。それから、また、手の平を鼻へ寄せる。
 どうせまた、その臭いについて、何か言うのだろう。涼子は、そんなふうに思っていた。
 だが、香織の口から、そういった言葉は出てこなかった。その手で鼻を覆い、恐ろしく野卑な顔をして、嫌がる涼子の顔を、じっと見上げてはいるが。
 気持ち悪い……。お願いだから、あんた、この世から消えて……。



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