バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
8



「それとも、南さん、気が変わった? やっぱり、これをはいて、練習してみる気になった?」
 一転、香織は、陽気な声で言った。すでに勝ち誇った顔をしている。
 将来の夢。
 人生の希望。
 自分の輝き。
 そういったものを、ここで、手放したくない……。
 涼子は、小さく首を縦に振った。
「オオーゥ」と明日香が声を上げ、ぱちぱちと手を叩く。
 香織とさゆりも、揃って拍手する。
「そうだよね。さすがは、南さん、キャプテンだね。じゃあ、すぐに、これにはき替えて。すぐに。早く、練習に戻らなくっちゃ」
 涼子の目の前に、香織は、ブルマをぶら下げた。
 ついに、涼子は、それを受け取ることとなった。
 自分の両手で持ってみて、改めて愕然とさせられる。布地の面積の、なんとも小さいこと。股上が、パンツと変わらないくらい浅いうえに、フロントの部分は、V字に鋭く切り込まれている。サイドの部分の縦幅は、指、二本分ほどしかない。まるで、グラビアモデルが身に着けるビキニのようだ。一昔前でも、こんな小さなものをはいている生徒は、どこにもいなかっただろう。いや、そもそもこれは、スポーツ用として着用するものですらないように思う。ふと気になって、布地の内側に縫いつけられたタグを見てみた。サイズはMだった。Lサイズのパンツでも、物によっては窮屈になるくらいの、涼子の大きなおしりは、入るかどうかも怪しい。

「どうしたの? なんで、ぼーっと突っ立ってるわけ? こんなさあ……、動きにくいスパッツなんか、はいてるから……」
 香織は、言いながら、涼子のスパッツの縁に、右手をかけた。
「調子が、悪くなんのっ!」
 スパッツが、勢いよく斜めにずり下げられる。
「いやっ!」
 涼子は、思わず悲鳴を上げた。もう、グレーのパンツのサイドが、露わになっている。
「いや、とか言ってないで、とっとと、スパッツ脱ぎなさいよ。往生際が、悪いよ?」
 涼子は、呆然としていた。言葉も出てこない。
 この、馬鹿みたいに小さなブルマをはいて、体育館に戻るしかないというのか……。そうなのだ。選択肢は、ほかにないのだ。パンツは、どれくらいはみ出るだろう。まず、ブルマをはいて、それを確認するべきか。
 涼子は、両手でスパッツの縁をつかみ、ゆっくりと引き下ろした。香織たちにパンツを見られるのを、気にしている余裕はない。ランニングシューズをいったん脱ぎ、脚からスパッツを抜く。スパッツを地面に放り、その代替物としては、あまりにみすぼらしいブルマに、脚を通そうとした。
 が、そこで、香織は口を開いた。
「あっ、ちょっと待って……。たしかに、南さんのそのパンツだと、ブルマからはみ出しちゃいそうだねえ」
 その言葉に、涼子も、黙ってうなずいた。
「いくらなんでも、パンツのはみ出た格好で、練習するのは、かっこ悪いしねえ……。明日香、マネージャーとして、どう思う?」
「うーんうん。あたしぃ、キャプテンのりょーちんが、そんなみっともない格好で、練習してるのはぁ、見たくないなあ」
 明日香は、やんわりと微笑して答えた。
 香織は、納得したような表情を見せる。そして、言った。
「じゃあ、仕方ないね。南さん、今回は、ノーパンでやって」
「はっ?」
 涼子は、喧嘩腰の声を出していた。
「はっ、てなに?」
 香織は、ひきつけを起こしたような笑いを漏らしながら話す。
「だって、しょうがないでしょう? あんた、バレー部のみんなにパンツ見せながら、練習したいわけ? みんな、練習中に、そんなの見せられてたら、迷惑するよ? 一、二年生たちだっているのに、恥ずかしくないの?」
 ノーパン……。じかにブルマをはいて、体育館のフロアを走り回るなんて、気持ち悪すぎる。それに……。今一度、極小のブルマを見つめる。まず、頭に思い浮かぶのは、まったく手入れをしていない、陰毛のことだ。濃くて発毛範囲の広い、自分の陰毛。パンツの代わりに、その陰毛がはみ出てしまう。まさに、一、二年生たちもいるのに、だ。
 冗談じゃない……。
「ふざけるのも、ほどほどにしてよ……」
 怒りで、腹部が痙攣するかのようだった。
「ふざけてまっせーん。……とにかく、マネージャーの明日香が、パンツのはみ出た格好で、練習するのは、許せないって言ってるんだから、そのパンツは脱いでもらうよ。はいっ、早く、パンツも脱いで」
 香織のふてぶてしい口調に、さらに、神経を逆撫でされる。
 自分の喉もとから、うなり声が出るのを感じた。
「……あんたの頭の中は、どうなってんのよおぉ!」
 涼子は、怒号を発した。
「おー、こわっ……。そんなに怒るんなら、もういいです……。あたし、滝沢さんの机の中に、入れておくから。南さんが、滝沢さんのストーカーだってことがわかるもの、一式をね」
 香織は、涼子の剣幕に肩をすくめつつも、脅迫の言葉を口にする。
 怒りのあまり、ぴきっと、こめかみの血管の切れるような思いがした。理性が飛んでしまいそうだった。が、その怒りは急速に減退し、代わって、意識の中心から、恐怖が膨れ上がってくる。高校生活の破滅に対する、恐怖が。全身から、力が抜けていくのを感じる。
 だめだ……。やっぱり、逆らえない……。
 滝沢秋菜の存在が、今の自分にとって、最大の弱点となっていることを、つくづく実感する。こうなると、またぞろ、あの、よこしまな思いが、どうしても頭の片隅に浮かんでしまう。滝沢さんも、わたしのところまで、堕ちてきてくれたら……。そうすれば、こんなふうに、香織たちに脅迫されることも、なくなるのに……。
 
 泣きそうな顔で立ちすくむ涼子を見て、香織たちは、勝ちを確信したようだった。
「あっ、ごめーん。もしかして、南さんが、腹を立てたのは、あたしたちの前で、パンツを脱ぐのが、嫌だったからなの? そうだよね……。せっかく、腋毛を剃らないできて、ボディチェックに合格したっていうのに、まん毛とか見られるのは、嫌だよね? あー、あっちのほう行って、はき替えてきて、いいよ」
 香織は、遠くを指差す。
 涼子は、深い嘆息を漏らした。まずは、このブルマをはいてみて、それから、色々と考えよう……。その後のことは、またその時に、考えるしかないじゃないか……。そう自分を励ますような、あるいは、現実から逃避しているような、そんな心境だった。
 どんな時だろうと、香織たちの前で下着を脱ぐことは、したくない。シューズを履き直した。きびすを返し、香織の言うとおりに、その場を離れる。コンクリートの壁ぎわに、ほこりかぶった飛び箱が置かれている。あの陰で、ブルマにはき替えようと決める。
 涼子は、Tシャツにパンツという格好で、そこへ歩を進めた。
 ふわふわとした、夢うつつの状態だった。なにやってんだろう、わたし……。こんな小さなブルマを、じかにはいたら、どんな状態になるのか、自分で、わかってんのかな……。



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