バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
9



 飛び箱の裏に回り、香織たちの死角に入っていることを、確認する。
 涼子は、シューズを脱ぐと、意を決して、パンツを引き下げた。パンツを脚から抜く。そして、それよりも明らかに小さいブルマに、脚を通した。太もものところまでブルマを引き上げて、痛烈に感じた。
 きつい。入るのだろうか。
 思いっ切り引っ張り上げると、なんとか、腰まで上がった。
 待ち受けていた現実は、目のくらむほど悲惨だった。フロントの逆三角状の部分の、両脇から、陰毛が、見事にはみ出してしまっている。布地をどう引っ張ってみても、陰毛は、収まりそうにない。それもそのはず。毛穴の位置からして、一センチほど、ラインを引くように、布地の外側に出ているのだから。なんだか、自分の陰毛の、生えている範囲の広さが、強調されているようにも見えてくる。
 それに、きつすぎる。Mサイズでは、自分の大きなおしりに、合うはずもないのだ。体感として、一回りどころか、二回りくらい、サイズも小さいと感じる。そのため、限界まで張り詰めた布地が、腰回りの肉という肉に、みちみちとめり込んでくる。股間の部分など、肉の丘と中に詰まった陰毛によって、布地が、こんもりと盛り上がっているうえに、性器の割れ目への食い込みによって、ぷっくりと二つに割れていた。
 ブルマを身に着けた下腹部は、浅ましいことこの上ない外見を呈していた。
 おしりの露出も気になって、手で触ってみる。すると、おしりの肉の半分以上が、布地に収まらず、あふれ出してしまっているらしいことが、手に伝わる感触からわかった。この後ろ姿とて、部員たちに見せられるものではない。
 シャツで、どこまで隠せるだろう……。そう思い、着ているTシャツを、下まで垂らしてみる。だが、Tシャツは、それほど丈の長いものではないので、ぎりぎりのところで、股間が見えてしまう。
 涼子は、左腕を飛び箱について、ふらつく体を支え、右手の指で眉間を押さえた。
 ありえない……。こんな格好で、練習に戻るなんて、ありえない……。部員たちから、南涼子は、頭がおかしくなったと思われるに、決まっている。
 その時、遠くにいる香織の声が、聞こえた。
「ミ・ナ・ミ・さーん。もう、はき替えたんでしょーう? そうやって、時間稼ぎして、練習が終わるまで待とうったって、無駄だよー。そっち、行くからねえ」
 香織たちは、ステップするような足取りで、こちらに向かってくる。
 あの女たちは、果たして、悪魔だろうか……。わたしの、この下半身を見ても、それで練習に戻れと、言うだろうか……。いや、同じ人間でしょう……?
 脱いだパンツを握りしめ、涼子は、そんなことを思っていた。
 
 三人は、涼子の姿が見えるところまで来て止まった。
 香織は、んふふっ、と嬉しそうに笑う。
「ちゃんと、はき替えたのね、南さん……」
 涼子は、無意識のうちに、Tシャツのすそを下に引っ張り、股間を隠していた。
「吉永さん……。だめ……。こんなんで、練習するなんて、絶対にむり……」
 自分の声は、かすかに震えていた。
「むりって、どんな状態なの? ちゃんと、シャツをまくって、見せてごらんよ」
 はみ出た陰毛を見られたくないが、隠していても、どうにもならない。
 これで、許されなかったら、どうしよう……。涼子は、おずおずと、Tシャツをへそのあたりまでめくり上げた。
 三人の視線が、股間に集中する。
 後輩のさゆりが、口もとを手で押さえた。笑いを隠している。
 明日香は、ひゅーっと口笛を吹くみたいに、唇をすぼめている。
「ああ……。南さん、その格好、よく似合ってるじゃん」
 香織は、含み笑いを浮かべて言った。
 えっ……。涼子は、絶望に、どっと襲われた。
「似合ってるよね? どう思う? さゆり」
「あっ、はーい。南せんぱい、かっこいいですよ。なんか、一流のバレー選手って感じで」
 後輩は、ふししと笑い声を漏らす。
「だよね? ……南さん、後ろも見せて」
「ねぇ、吉永さん、お願いだから、許してぇ……」
 涼子は、涙声になっていた。
「いいから、後ろも、見せなさいよ」
 香織は、冷然と命じてくる。
 涼子は、ぎくしゃくと彼女たちに背を向けた。
「あー、いいじゃーん。後ろ姿も、すがすがしくって」と香織。
「いい眺め……」と後輩。
 やはり、おしりのほうも、見るも無惨な状態をさらしているのだろう。
「ああ、いいよ、こっち向いて」
 涼子は、言われるままに前に向き直る。
「うん。それで、結論を言うとね……、だいじょーぶ、全然、変じゃないから。スパッツなんかより、よっぽど似合ってて、かっこいい。だから、その格好で堂々と、練習、行っておいで」
 それが、香織の答えだった。
 悪魔……。
「吉永さんっ、こんな格好で、練習できるわけないでしょっ! わたしっ、バレー部の子たちの前で、恥かくくらいだったらっ、家に帰るっ!」
 泣きじゃくる小学生の女の子みたいに、涼子は、わめき散らした。
「キャプテンが、練習サボって、どうすんのよ。そんなこと、許せない……。とにかく、試合で、二年にも負けちゃったんだから、その責任を取る意味でも、今日は、その格好で、練習するべきだよ」
「いやぁ! もう、帰る!」
 涼子は、激しくかぶりを振って叫んだ。
「帰る? そっか。逃げるんだ? まあ、今日、逃げてもいいけど……、あとあと、大変なことになるからね。……滝沢さん、南さんに、ストーカー行為をされてるって知ったら、どうするだろうねえ?」
 この女には、人間としての心が、ないのだ……。涼子は、そう確信した。
「滝沢さん、間違いなく、周りの友達に、そのこと話すと思うよ。そうしたら、教室中に、噂が広まるからね。南さんが、実はレズで、さらに、とんでもない変態で、大好きな滝沢さんのシャツ使って、オナニーまでしてたってことがね……。南さん、もう、教室には、いられなくなるよ」
 事実、香織たちの切り札が、滝沢秋菜の元に届いたら、そのような事態に発展するだろう。
 涼子は、両手を膝についた。はらわたの千切れるような思いで、うううっ、とうめき声がこぼれる。

「どっちにすんのお? その格好で、練習に行くか、それとも、逃げるのか」
 かがみ込んだ涼子を見下ろし、香織は、冷酷に言った。
 涼子は、ぎゅっと目をつぶった。
 地獄か、破滅か。そのどちらかしか、選べないとは……。この悪魔たちに目を付けられた、自分の運命を、呪う。
「これで……、練習に、行きます……」
 下を向いたまま、低い声で、ぽつりと答える。
 少女たちの、にんまりと笑う気配が、伝わってくるようだった。
「それだったら、早く、練習に戻らなくっちゃあ……。南さん、いつまでも、休んでる場合じゃないよお?」
 香織は、すこぶる上機嫌になっていた。
 涼子は、泥に沈んだように重たい体を起こす。
「あっ、あと……、明日香から、言っておくことが、あったんだよね?」
 それまで黙って見ていた明日香が、意気揚々と口を開く。
「うん……。りょーちん、練習に戻ったらぁ、すぐに、三年対二年のぉ、ゲームを始めて。もちろん、りょーちんも、ゲームに出るんだからねっ。そんでぇ、また、二年に負けるようなことがあったら、許さない。一セットでも取られたら、明日の練習も、そのブルマで、やらせるからね」
 明日香も、香織と、なんら変わらない冷血なサディストだった。部員全員が見守る三年対二年のゲームの中で、この恥ずかしい姿をさらしながらも、勝つことだけを考えて、プレーを行わなくてはならないなんて……。想像するだけで、頭がくらくらとしてくる。
「もうひとぉつ……。ゲームの時はぁ、ちゃんと、誰よりもぉ、大きな声で、声出ししていくこと。りょーちん、いつも、『いちねん、声だせぇー』とか言って、威張ってんだから……。いいね? りょーちん?」
 もはや、自分は、部員全員の前で、狂ったピエロを演じさせられるらしい。
「はい……」
 涼子は、消え入るような声で、返事をした。
 先のことは、何もわからない……。今から五分後、自分がどうなっているのかも……。
「じゃあ、南さんも、すべて納得してくれたみたいだし、そろそろ、練習に戻らないとね……。あっ、その前に、南さんに、渡すものがあったんだ。ちょっと、来てくれる?」 
 香織たちは、バッグが置かれているほうへと、歩き出した。
 涼子は、その後を、ふらふらと付いていく。



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