バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
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 そこへ着くと、香織は、バッグを開けた。中から、一枚の封筒を取り出す。
「これ、校舎の裏に落ちてたのを、さゆりが、また、見つけて拾ってきてくれたの。たぶん、無くなっちゃった、バレー部の合宿費だと思う。六万入ってるから」
 香織たちが盗んだ合宿費の一部だ。どんなにつらくても、休まず、学校に通って来い。そして、命令に従い続けるなら、合宿費を、少しずつ返してやる……。そういった意味の込められた金。どこまでも性根の腐った女たちだ。
「そうだ。このお金は、明日香に預けておこうかな。明日香が、南さんの、今日これからの練習ぶりを見て、オーケーを出したら、練習後に、明日香から、お金を受け取るってことで」
 香織は、その封筒を、明日香に手渡した。
「りょーちん。今日はぁ、最後まで、がんばろーねー。途中で、練習放棄したりしたらぁ、このお金、渡さないかんねえ。それとぉ、二年に、一セットも取らさないで勝って、バレー部のみんなの中でぇ、一番大きな声で、声出しするんだよぉ」
 明日香は、そうして自分のバッグの中に、封筒をしまった。

「南さんさあ……、ついでに、そのスパッツとパンツも、明日香に、預けておきなよ。練習が終わるまで、必要ないでしょ?」 
 香織は、あごをしゃくって言った。
 地面に脱ぎ捨ててあるスパッツと、今、自分が握っているパンツ。先ほどまで、自分がはいていたものを、明日香などに預けるのは、心理的に抵抗を感じる。しかし、それに異議を唱えるだけの気力は、もはや残っていなかった。
 涼子は、投げやりに二度うなずいた。
「だったら、明日香のバッグに入れるから、それ、寄越して」
 香織は、こちらに歩いてきて、スパッツを拾い上げ、左手を突き出した。
 その手に、涼子は、丸めたパンツを載せる。
「南さん……。このスパッツをはいて、練習、したーい?」
 香織は、見せつけるように、手に持ったスパッツを、ぶらぶらとさせた。
 本来、バレー部員として、はくはずの黒のスパッツを、涼子は、やるせない思いで見つめていた。
「でも、だーめぇ。調子が悪くて、二年にも負けちゃう、南さんが悪いの。じごーじとく」
 これでもかというほど憎らしく言い、香織は、涼子から離れていった。
 涼子のスパッツとパンツが、明日香に渡される。
「やーん……。りょーちんの、汗臭いスパッツとぉ、変な染みの付いたパンツ、バッグに入れるの、やだなぁーん」
 明日香は、渋々といった表情で、それらをバッグに突っ込んだ。

「よし……。これで用件は済んだから、南さん、練習、頑張って。あたしとさゆりは、もう少ししたら、体育館に見に行くから、南さんは、先に、明日香と一緒に、練習に戻って。あたしたち四人、連れ立って、体育館に向かうっていうのも、なんか、変だしね」
 香織は、一仕事終えて満足するかのように、ふう、と息を吐き出した。
「りょーちん、それでは、行きまっしょう……」
 明日香が、歩き始めた。
 涼子も、どうにか足を踏み出す。だが、一歩一歩の歩幅は、すり足のように小さかった。
 本当に、わたしは、行くのだろうか……。押し流されるように、歩き始めたけれど……。
 体育館のフロア。練習に励んでいる部員たちの姿が、眼前に浮かぶ。その中へと、この見苦しい、いや、もはや変態的ともいうべき姿で、入っていく自分。同じ三年の部員から投げかけられる、言葉。一、二年生たちから向けられる、視線。
 怖い……。前に送り出す脚の膝が、かたかたと震え始めた。
「歩くたびに、でっかいケツの、肉が、ぶるぶる揺れてる……」と、香織が低く笑う。
「せんぱーい。なに、へっぴり腰で、歩いてるんですかあ?」
 背後に、後輩が近づいてくるのを感じた。
「キャプテンなんだから、しゃきっと、してくださいっよっ」
 次の瞬間、おしりのむき出しになっている部分に、衝撃が走った。
「はぁう!」
 驚愕のあまり、涼子は、無様な声を発して飛び上がった。
 後輩に、そこを平手打ちされたのだ。叩かれた部分を、そっと撫でる。信じられない……。
 涼子は、目を見開き、ゆっくりと後ろを振り返った。
 視線が合うと、後輩は、ごまかすような笑いを見せる。
「あっ。すいません。調子に乗りすぎました……。せんぱい、練習、がんばってください」
 怒りを通り越して、不思議でならなかった。なぜ、この女は、年上の生徒に対して、こんな真似ができるのだろう……。
 その思いで、涼子は、じっと後輩を凝視していた。

「ほらっ、いいから。りょーちん、早く行くよっ」
 明日香が、腕を絡めてくる。
 引きずられるようにして、涼子は、また歩き出した。
 腕を引っ張られながら歩いていると、体育館、地獄の炎に焼かれるような現実が、もうすぐそこまで迫ってきていることを、実感させられる。
「うっ、ううっ……」
 胸の内を猛然と吹き荒れる恐怖と不安に、涼子は、おえつを漏らしていた。
 帰りたい……。家に……。



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