バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十八章
醜い心
2



 目の前の、体育館。
 涼子は、Tシャツの前すそを、両手で下に引っ張り、陰毛のはみ出た股間を隠していた。
 これから自分を待ち受けている運命を、どうすれば乗り切れるのか。それが、まったくわからない。どうにかなる、とはとても思えない。かといって、もう、どうにでもなれ、という自暴自棄な気持ちにもなれない。ただただ、怖くて仕方がなかった。
 
 体育館の玄関を、明日香に続いて入る。
 通路のすぐそこで、卓球部の部員が、十人ほど集まって立ち話をしていた。フロアから、バレー部、あるいはバスケット部のかけ声や、ボールの弾む音が、聞こえてくる。
 非現実感。
 涼子は、履いていたランニングシューズを脱ぎ、玄関を上がったところに置きっぱなしにしていた、自分のバレーシューズに、足を突っ込んだ。ランニングシューズを持って、バッグの置いてある部室へと向かう。股間は、Tシャツで隠しているとはいえ、おしりの半分以上まで下半身を露出した姿で、人目のあるところを歩くのは、首筋のむず痒くなるような恥ずかしさを感じる。そばにいる卓球部の集団のうち、何人かが、自分に視線を向けている気がしてならなかった。自分のこの姿を、奇異の目で見ている視線。
 
 明日香と共に、部室に入る。
 床には、部員たちのバッグが、所狭しと置かれている。
 涼子は、自分のバッグのところに、のろのろと歩いていき、膝をついた。バッグの中に、ランニングシューズを押し込む。
 いよいよ、次に向かう先は、コートだ……。
 そう思って立ち上がると、脚がふらついた。と、その時、誰かのバッグの取っ手に、足先を引っかけてしまった。体が、前につんのめる。
「ああっ!」
 涼子は無様にも、そのまま、部員たちのバッグの上に、どんっ、と派手な音を立てて、横倒しに倒れ込んだ。女にしては大柄で、重量のある涼子の体が、いくつものバッグを押し潰している。
 正直、転んだのは、半分は、わざとだった。
「……いったーぃ」
 涼子は、今にも泣きそうな声で言い、軽く打っただけの左脚の膝を、何度も撫でさする。コートに向かうのを、少しでも先延ばしにしたいという思い。それと同時に、明日香に、無言で訴えてもいた。わたし、脚を痛めちゃったみたい……。それでも、あなたは、この格好で、練習に出ろと言うの……?
 だが、明日香は、涼子のそんな素振りを、演技だと見透かしているのか、聞こえよがしに、ハアッと、ため息を吐くのだった。
 これ以上、脚の痛いフリをしていても無駄だと悟らされ、涼子は、下敷きになったバッグの上で、もぞもぞと上体を起こした。極小のブルマから、何十本とはみ出た陰毛が、目に入る。正視に耐えないほどの、汚らしさ。
「明日香……」
 人のバッグの上にのったまま、涼子は、ぽつぽつと話し始めた。
「わたし、明日香のこと、まだ、仲間だと思ってる……。明日香は、さ……、わたしの弱味を握るために、バレー部に、入ってきたのかもしれないけど……、だけど……、部活が終わってから、一緒に帰ったりしたし、明日香と話してて、楽しいって思った……。ねえ、もし、わたしに対する思いやりみたいなのが、ちょっとでも残ってるのなら……、お願い、スパッツをはかせて……。わたし、こわいの。こんな格好で、ゲームに出たりしたら、みんなに軽蔑されて……、なんていうか……、今まで積み上げてきたものが、全部、壊れていっちゃう気がして……。わたし、ゲーム中に、泣きだしちゃうかもしれない……。だから、お願い……」
 最後の懇願だった。涼子は、顔をくしゃくしゃに歪め、明日香を見上げる。
 しかし、明日香の答えは、無情だった。
「そうやってぇ、悪いほうに色々と考えてるからぁ、よけい怖くなってくるのっ。もう、ぐずぐずしないっ」
 明日香は、苛立った様子で、涼子の両脇に手を入れてきた。非力なくせに、涼子の体を、強引に立たせようとしてくる。
「やあぁぁっ……」
 涼子は、年甲斐もなく、幼児が駄々をこねるような声を出していた。



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