バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十八章
醜い心
4



 フロアの出入り口のところで固まっている、制服姿の後輩たちが、こちらを注視している。彼女たちの視線には、疑問の思いが込められているような気がした。バレー部の部員は、みな、着用している黒のスパッツを、なぜか身に着けていない涼子の姿に対する、疑問。そんな視線を向けてくる後輩たちの横を、涼子は、明日香に腕を引っ張られるまま通り過ぎ、とうとう、フロアの出入り口をくぐることになった。
 わずかな間を置いて、その後輩たちの一人が、小さく声を漏らしたのが聞こえた。
「あぁー、あーあー……」
 涼子の後ろ姿を見て、なんとも言葉にならない思いを抱いたのだろう。
 お願いだから、もう帰ってよ……!
 フロアに入ると、明日香は、ようやく手を放し、涼子に耳打ちした。
「りょーちん、わかってんねえ? ゲーム始めんだよぉ、ゲームぅ」
 涼子は、何も言えなかった。
 ライトに照らされたフロア。いきいきと躍動する部員たち。あちこちから絶え間なく発せられる、威勢のいいかけ声。ボールが床に当たる音。立っているだけで汗ばむような熱気。
 先ほどまでと、なんら変わらない環境なのに、何もかもが、脳で処理できないほど非現実的に感じられ、ぐるぐると目が回りそうになる。
 これって、本当に、現実の世界なの……?
 その時、二階のギャラリーから、甲高い声が届いた。
「ミナミせんぱーい!」
 びくりとして、声のほうを見やると、そこにも、四、五人、制服姿の後輩たちが集まっている。涼子に憧れの思いを抱く、後輩たち。連日のことなので、もはや、見慣れた光景ではあるが。
 涼子は、また一つ、追い打ちをかけられた気分になった。これまで、自分のことを目当てに、練習を見学している後輩たちの存在など、まったく眼中になかったが、今は、彼女たちの視線を、強く意識してしまう。あの子たちに、幻滅されたくない、軽蔑されたくない……。そう痛切に思う自分がいる。
 ゲームを開始するために、部員たちを集合させることなど、とてもできず、涼子は、下に引っ張ったTシャツの前すそを、ぎゅっと押さえたまま、その場に立ち尽くしていた。
 すると、向こうから、声をかけられた。
「あっ。りょーこー」
 同じクラスの雨宮理絵だ。
「今、いなかったでしょう? どこ行ってたのお?」
 フロアを離れていたのは、三十分ほどだろうか。
「えっと……、ちょっと、職員室に用があって、それで……」
 友人と言葉を交わすのも、なんだか、ふわふわとした心地だった。
 すでに、理絵のくりくりとした目は、涼子の何もはいていないような下半身に向けられている。
「はあ、そう。ねえ、あんた、スパッツどうしたの?」
 当然の質問かもしれない。
「ああ……、あの、ブルマに、はき替えてきて、さ……」
 さり気ないふうを装って答える。
「ブルマ? ……どんなの、どんなの? 見せてー」
 理絵は、未知のものに対する興味を露わに、Tシャツをめくってと、両手を上下に動かす仕草を見せる。
 だめ……。
「いいの、いいの、気にしないでっ」
 涼子は、あしらうように、しいて軽い口調で言った。
「なにそれっ。変なの」
 理絵は、小馬鹿にするように鼻で笑い、離れていく。
 はあっと、涼子はため息をついた。
 
 フロアにいるバレー部員は、紺のジャージ姿の明日香を除いて、みな、白いTシャツに黒のスパッツの格好で、統一されている。その中に、キャプテンの涼子ひとり、下は紺のブルマで立っているという、理不尽で異様な状況。それも、恐ろしく面積の小さなブルマである。普通の女の子ならば、たとえ海水浴場でも、これほどまでに下半身が露出する水着は、恥ずかしくて着けられないような。
 部員たちの、視線。
 Tシャツで前を隠していても、スパッツをはいていない、太ももの付け根まで肌をむき出しにした、自分のこの姿は、案の定、目立っているようだった。
 今、目の前、コート内では、主に三年生と二年生が、スパイクを打ち込む側と、そのボールをレシーブする側とに分かれ、練習に励んでいる。
「カット一本!」
「ナイスキーっ!」
「上げていこっ! 上げていこっ!」
 プレーの時はもちろん、順番を待つ間でも、常に声出しを絶やさない部員たち。
 彼女たちの顔が、ふと、こちらを向いた時、その視線が、少しの間、自分に止まるのがわかるのだ。おやっ、というように。
 自分への視線、視線……。
 ここに突っ立っていると、次の瞬間にも、誰かから、この姿に対する疑問の言葉を、投げかけられそうに思う。それに今、涼子の後方、壁ぎわには、ボールに触れない一年生たちが並んで、筋トレを行っている。自分の見苦しい後ろ姿が、目に入っているだろう、彼女たちに、どう思われているか、気になってどうしようもない。
 涼子は、いたたまれなくなって、フロアの隅へと向かった。
 壁ぎわに並んだ一年生たちの前を、この屈辱的な姿で通っていく。自分の太もも、さらには、おしりのむき出しの部分へと、彼女たちのもの問いたげな視線が、突き刺さってくるのを、ひしひしと肌で感じる。
 恥ずかしい……。
「南先輩っ!」
 急に後ろから呼ばれ、涼子は振り返った。
 二年生の部員、沼木京香だ。
「それ、なんですか……? 水着?」
 京香は、痛々しいものでも見るような目をしている。
 そばにいる一年生たちの何人かも、涼子の返答を聞きたそうに、こちらを見ている。
「ううんっ。ブルマっ」
 恥ずかしがっていると思われないよう、さらりと答える。
「ブルマ……」
 京香は、その言葉を、吟味するように口にする。そして、苦笑混じりに言う。
「でも、なんか……、先輩のはいてるの、サイズ、小さすぎないですか? 今日は、それで、やるんですか?」
 そんな格好で、練習するんですかと、訊かれてきるのだ。
「えっ……。そんなっ、普通っしょ? たぶん……」
 へへっと笑い、涼子は、逃げるようにその場を離れた。
 もう、いや……。



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