バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十八章
醜い心
10



 三年生側のサーブのボールが、相手コートに飛んでいく。
 二年生チームは、レシーブから、低いトスを上げ、クイック攻撃に出た。またしても、斉藤加奈子のスパイクが火を噴く。
 涼子のブロックは、遅れていた。が、後衛の選手が、体勢を崩しながらも、なんとかレシーブする。そのボールが、そちらを振り向いた涼子の、真ん前に落ちようとしていた。涼子は、アンダーハンドで味方にパスを送ろうとしたものの、わずかに手が届かず、ボールを拾えなかった。どだんと、床に膝をつく格好となる。
 そばに立っている朋美と、ふと目が合った。すると彼女は、露骨に顔を背けた。もはや、涼子のやることなすことすべてが、許せない思いなのだろう。
 涼子は、のそのそと立ち上がる。
「りょーこー! もう見てらんないよっ! スパッツにはき替えてきなよっ!」
 セッターの浜野麻理が、悲痛な声で言った。普段のひょうきんなキャラクターが、今では、すっかり影を潜めていた。
 ありがとう、まりまり。気遣ってくれて。でも、ごめんね……。
「気にしなーっい、気にしなーっい」
 もう、涼子は、どこまでもピエロを演じきるしかなかった。
 
 フロントセンター(中央前)の位置に立ち、二年生側のサーブを待つ。
 なんとなく、右手のほうから、嫌な気配を感じたため、そちらに目をやった。
 体育館のフロア全体を真ん中で二分する、ネットの向こう。バスケット部の部員、七、八人が固まって、ネット越しにバレー部のゲームを見ている。というより、彼女たちは、涼子ひとりに注目している。涼子のほうを指差している者の姿も、見受けられる。彼女たちの顔には、揃って、人を馬鹿にしているような好奇の色が表れていた。
 間違いない。涼子が、陰毛のはみ出た姿で、プレーしていることに、バスケット部の部員たちまで、気づき始めたのだ。
 耳を澄ませていると、そちらから、喋る声が聞こえてくる。
「うっそう……?」
「ホントだって。思いっ切り、見えてるから」
「っていうか、あの子、ひとりだけ、なんであんなの、はいてんの……」
 自分を軽蔑視する生徒が、どんどん増えていく。ひょっとすると、この出来事は、前代未聞の珍事として、明日には、学校中に噂が広まったりして……。
 フロントライト(右前)の位置に立っている朋美も、バスケット部の部員たちの言葉が、耳に入っているらしく、横目で涼子を睨みながら、肩で大きくため息をついた。あんたのせいで、うちらまで、恥をかかされている、と言いたげに。
 
 もはや、涼子は、発狂寸前の状態だった。一瞬でも気を抜くと、自分は、この場にうずくまって、身も世もなく泣きじゃくり始めてしまいそうで怖い。
 そんな涼子に対して、またしても明日香が、ダメ出しの声を浴びせてくる。
「りょーちんっ! 声出しっ、声出しぃっ」
 彼女ひとり、この状況を愉しんでいるのだ。
「うおぅ……、あおっ……」
 憤怒と悲嘆の入り混じったおえつが漏れる。
 もうやけくそだった。
 んああああっ、とうなりながら、涼子は、声の限りに絶叫した。
「サァッーブウウゥゥゥッ! ミナァーミリョウコに、コイオイオォォォー!」
 破壊的なまでの大音声が、体育館中にとどろいた。
 キャプテンは、頭がおかしくなったのか、とでもいうふうに、顔をしかめる部員たち。後輩の部員の何人かが、吹き出すのを堪えるような仕草をしているのも、視界の端に映った。
 涼子は、Tシャツのすそを股間に押しつけながらも、誰よりも腰を落とし、どっしりと構えた。自分は今、鬼神のように凄絶な形相を見せていることだろう。
 まさに、地獄。この世の終焉などという、生易しいものではない。罪なくして、地獄の業火に焼かれ、黒こげになりながらも、狂気の舞を踊らされているのだ。
 目尻には、涙が滲み始め、両脚は、他人にもわかるくらい、ぶるぶると震えていた。
 
 二年生側のサーブのボールが、左後方に飛んでくる。
 次の瞬間、涼子は、自分のほうにトスを上げてもらうため、レフトポジションに走った。が、サーブレシーブは失敗し、ボールは、左サイドラインの外に出ようとしていた。
「アアアアァァァッ!」
 涼子は、雄叫びを上げながら、死にもの狂いでコートの外に身を投げ出し、ボールに左腕を当てた。
 しかし、涼子の努力も虚しく、ボールは、さらに向こうへと飛んでいった。ちょうど、フロアの出入り口のほうへ……。
 そこに立っている滝沢秋菜が、そのボールを、ばしっと胸もとでキャッチした。
 床に這いつくばっている涼子の姿を、秋菜が見下ろす形となる。まるで、下賎の者が、下界でもがき苦しむ様を、高貴な貴族が、高みから眺めているかのように。
 秋菜は、凍てついたような目で、涼子のことを見すえていた。
 その時、涼子が感じたのは、恐怖、ではなく……、屈辱だった。体中の細胞がうめき声を立てているような、猛烈な屈辱。涼子は、我知らず、類人猿が敵を威嚇するかのように、歯茎をむき出しにし、秋菜の顔を睨み上げていた。胸の内では、暗い怨念が渦巻いている。
 滝沢さん、やめて……! そんな目で、わたしを見ないで……。あなただって、もうちょっとしたら、あの吉永香織たちにハメられて、わたしと同じような思いを、させられることになるんだから……!



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