バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
13



 その時、上から、話し声と足音が聞こえてきた。あの三人であることは間違いない。
 秋菜は、怯えた様子を見せる。
 それとは対照的に、涼子は、落ち着いて身構えた。
 
 階段を降りてくる足音。
 最初に現れたのは、吉永香織だった。続いて、制服に着替えた竹内明日香が姿を見せる。
 二人が、地面に降り立った。
 あの性悪の後輩がいないことに、涼子は、少し疑問を抱いた。だが、そんなのは、どうでもいいことだと、すぐに頭を切り替える。
 香織は、ひひひっと野卑な笑みを浮かべる。まさに、享楽の生贄である涼子と秋菜を前にして、悦びを抑えられないという表情である。
「どうどう? 南さんと滝沢さん。仲間同士、打ち解けて話し合うことができた? もう、すっかり、親友の関係になれたかな?」
 秋菜が、居ても立ってもいられなくなったように、香織たちのほうへと、少しばかり走り寄る。
「ねえ、吉永さんっ。わたし、考えてたんだけど……、来週までに、十万、払う。絶対に払うって、約束する。いや、もし、それでも足りないっていうなら、わたしに、時間をちょうだい。わたし、お金をかき集めて、もう十万、払うから。だから、もう、帰らせて。それで……、わたしを退学にしようとするのは、考え直してほしい。どうか、お願いしますっ」
 うーん、ちょっとな……、という感想を涼子は抱く。滝沢秋菜といえば、いつだって、涼しげな雰囲気をまとわせているイメージだったが、今は、別人のような狼狽ぶりを見せている。いくら致命的な弱みを握られているとはいえ、もう少し、自分らしさを保てないものか。
「お金……、ねえ。なんでも、お金で解決できるっていう考えは、ちょっと、違うんじゃないかなあ……。あたしたちとしては、滝沢さん、あなたの、もっと大事なものを、捧げてもらいたいんだけど……、その辺のことは、南さんが、よーくわかってるから、教えてもらうといいよ」
 香織は、秋菜の心を手玉に取るように話す。
 秋菜は、涼子を振り返った。今や、その顔は、恐怖と不安に引きつっている。

「よしながっ」
 涼子は、香織のことを初めて呼び捨てにした。もはや、恭順の態度を示す必要はないのだ。
「あんたが腐った人間だってことは、うんざりするくらい知ってたけど、あんたの腐りっぷりは、わたしの想像以上だったわ……。あんたの脳みそさあ、どろどろに腐りすぎて、虫が、大量に湧いてんじゃないの?」
 人に対して、こんなに汚い物言いをしたのは、生まれて初めてのことだった。それだけ、香織への憎しみが燃えたぎっていたのである。
 香織は、愕然としたように目を見開いた。
「はあ……!? なんで、そこまで言われないといけないわけ……? 信じられない……。ちょっと、滝沢さん。南さんが、何を血迷ったのか、あたしに、とんでもない暴言を浴びせてきたの。許されないことだよ。滝沢さんが、仲間として、南さんを注意して。連帯責任だからね」
 かなり焦っている様子で、秋菜に命令する。
「南さんっ! 吉永さんを怒らせるようなこと言うのは、やめてっ!」
 秋菜が、すぐさま、必死の形相で、涼子に訴えてくる。
 涼子は、小さく舌打ちした。どうやら香織は、秋菜を使って、涼子の言動に掣肘を加えることにしたらしい。香織の汚いやり方には、つばを吐きたくなる。

「っていうかさ……、南さん、そもそも、なんで、そんな格好してるわけ?」
 香織が、妙なことを言う。
「あんたが、明日香に、言ったんだろうが。わたしを、着替えさせないで、ここに連れて来るようにって……。いったい、なに考えてんのか、わからないけどさ。ほんんっとーうに、気色悪い女」
 涼子としては、これでも、控えめな言葉で返したつもりだった。
 だが、香織は、秋菜に目線を飛ばし、涼子を注意しろと促した。
「南さん……、お願いだから、抑えてっ」
 秋菜は、すがるような眼差しを、こちらに向けてくる。
 まったく、やりにくいなあ……。そう思い、涼子は、軽く宙を仰いだ。
「違うわよ。そういうことじゃないわよ……。なんで、南さんは、服を着てるのかってことよ。あたしたちが来るって、わかってたんだから、あらかじめ、服を全部、脱いで、裸で待機してるのが、礼儀ってもんじゃないの? 南さんは、ちゃんと、そのお手本を示さなくっちゃ……。なんていったって、滝沢さんのほうは、今回が、初脱ぎなんだから」
 香織は、大真面目な顔で、そんな馬鹿げた話をする。
 改めて確信した。この女は、完全に狂ってる……。
 秋菜は、今の話を聞いて震え上がったらしく、亡霊でも見ているかのような表情を浮かべている。まさか、秋菜が、これほどまでに苦境に弱いとは意外だった。残念だが、彼女の様子を見るに、共に知恵を出し合い、香織たちに立ち向かうことは、期待できそうにない。頼りになるのは、自分だけだ。
 だが……。
「脱がねーよ。わたしも、それに、滝沢さんも」
 涼子は、低い小声で、しかし力強く口にした。
 考えろ……。どうしたら、自分と秋菜の二人が、恥辱にまみれる運命から逃れられるか。

「えっ……。よく聞こえなかったんだけど……、脱がない……? なに言っちゃってんの。今日の南さんは、なんで、そんなに反抗的なわけ? もしかして、自分の立場を忘れちゃった? 記憶喪失? でも、ダメだからね……。だって、あたし、今回のショーのために、スペシャルゲストを呼んじゃったんだから」
 香織は、意味深なことを言うと、階段の上に向かって、大声で呼んだ。
「さゆりー! 連れてきてーっ!」
 石野さゆり。やはり、あの性悪の後輩は、来ていたらしい。だが、香織の言葉からすると、それ以外にも誰かいるようだ。



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