バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
15



 香織は、今度、秋菜へと矛先を変えた。
「ちょっと、滝沢さん。なに、ボケッと突っ立ってんのよ。今回は、南さんと滝沢さんの、いわば共演のセクシーショーなんだよ。主演、南涼子。助演、滝沢秋菜。だから、まずは、滝沢さんが、責任を持って、南さんの服を脱がせて。それで、南さんが裸になったら、今度は、滝沢さん、あなたが、服を脱ぐ番だからね。もし、それができないっていうなら、あなた、覚醒剤の件で、退学だよ。退学になりたくなかったら、早く行動して。あたし、あなたたちの服が、だんだん、目障りでしょうがなくなってきたのよっ!」
 秋菜は、見るも無惨に、おろおろし始めた。それから、泣きべそをかいたような顔で、涼子のほうに駆け寄ってくる。
 来ないで……! 涼子は、心の内で訴える。しかし、先ほどまでのように、秋菜から逃げることはしなかった。もはや、秋菜と距離を置いている場合ではないのだから。
 
 秋菜は、涼子のすぐそばまで来て、足を止めた。
「ねえ、南さん。わたしたち、どうすればいいの……? わたし、後輩たちも見てる前で、服を脱ぐなんて、絶対にいやっ。なんとかできない? いい考えはない?」
 まるで、今にも、涼子の身にすがりついてきそうである。
 いい考え……。助かりたいなら、もう少し、冷静になって、自分自身で頭を働かせてほしい、と思う。涼子としても、秋菜に、これほどそばに寄られると、自分の体が発する汗の臭いが気になりすぎて、とても物事を考えられる状態ではないのだ。
 そして、涼子は、秋菜の顔を見て、どきっとした。
 秋菜は、今、すごく酸っぱいものでも口に入れたような表情を浮かべている。真一文字に結ばれた唇。間違いない。涼子の強烈な体臭に耐えられず、息を止めているのだ。本当なら、あの高塚朋美が、涼子の前で見せたように、鼻をつまんで、顔を横にそらしたいところに違いない。
 やだ、恥ずかしい……。涼子の乙女心は、たちまち、火だるまになった。
 顔に、どんどん血が昇っていくのを感じる。
 涼子は、じっとしていられなくなり、髪の毛を押さえたり、シャツの胸もとの部分をつかんだりと、無意味な動作を繰り返した。今や、自分の赤面ぶりは、先ほど、告白の手紙、と言葉に出された時の、足立舞さながらかもしれない。
 
 香織が、にたにたと笑いながら言う。
「あらあら……。あんたらを見てると、地獄の底で芽生えた、熱い女の友情って感じがして、微笑ましいねえ。でも……、滝沢さんに、ひとつ、忠告してあげる。あんまり、南さんを信頼しないほうが、いいよ」
 涼子も秋菜も、香織のほうを向いた。
「実はね……、南さんって……、レズなの。レズで……、しかも、滝沢さんのことが、好きなの」
 その突拍子もない言葉を聞いて、涼子は、呆れ果ててしまい、逆に、肩の力の抜けるような思いがした。
 だが、秋菜は、えっ、という顔で、こちらを見る。
「滝沢さんことを、好きっていうだけなら、まあ、別に問題はないかもしれないけど……、南さんの場合は、違っててね。滝沢さんのことを考えると、なんていうか、やらしい気持ちを抑えられなくなっちゃうみたいなの」
 涼子は、馬鹿らしくて、鼻で笑ってやった。
 だが、秋菜は、やや真に受けたのか、涼子に対し、何か不信感を抱いたような視線を、こちらに送ってくる。
 そのことが我慢ならず、涼子は、左手をひらひらさせながら、口を開いた。
「ああ、気にしないで、気にしないで。あの女、完全に、頭の中が腐ってるからさっ」
 香織は、にわかに気色ばんだ。
「はあ!? 滝沢さんのことを考えると、やらしい気持ちを抑えられなくなるのは、本当のことでしょうが。嘘だっていうなら、南さんさあ、なんで、あんな変態行為をやったのよ?」
 もしかしたら、秋菜の体操着のシャツを使った、あの自慰行為のことを言っているのかもしれない。だとしても、あれは、涼子の意思で行ったことではないのだ。
「いったい、なんのこと?」
 涼子は、すました顔で問い返した。
「あっ、そう……。そうやって、とぼけるんだ? それなら、あたし、言っちゃおうかな……。滝沢さん、聞いて。南さんったらねえ……、何したと思うぅ? 放課後……、教室に残って、滝沢さんの、机の角に、股間をこすり付けて、感じちゃってた……、みたいな、そういう類のことなんだけど、実は、もっと、いけないことをしてたの……。南さん、忘れたとは、言わせないよぉ?」
 香織の、ねちねちとした物言いには、へどが出そうになる。
「わたしは、そんな変態みたいなこと、やってませんからっ!」
 涼子は、一語一語、力を込めて言葉を返す。
「そっかそっか……。それが、南さんの答えってわけね……。南さんが、あくまでも、とぼけるつもりなら、しょうがないなあ……。あたし……、これは、封印しておいてあげようと思ってたんだけど、やっぱり、滝沢さんに、見てもらうことにしようっと」
 香織は、肩に提げているバッグのチャックを、おもむろに開けた。バッグの中に手を入れて、何かを探り始める。
 まさか……。涼子は、香織の手もとを凝視する。心臓の鼓動が激しくなる。
 
 やがて、香織は、バッグから写真を取り出した。三枚の写真だ。何が写っているのかは、もはや、見るまでもないことだった。
 涼子は、体中の毛が逆立つ感覚を覚えた。
 香織は、その写真を手に、こちらに歩いてくる。
「滝沢さん。ちょっと、これを見てくれる?」
 その呼びかけに、秋菜も、さっと涼子のそばを離れ、そちらに歩いていった。
「あっ、待っ……」
 涼子は、つい、そう声を漏らし、秋菜の背中に向かって、右手を伸ばしていた。
 
 香織と秋菜が、互いにくっつくようにして足を止めた。
「まず、この写真から……。滝沢さんさあ、体操着のシャツ、なくなっちゃったでしょ? 実はねえ、それは、南さんのせいなんだよ……。ほらっ、ここに、滝沢って文字が見えるでしょ? 南さん、あなたのシャツで、こんなことしてたの」
 おそらく、その写真は、全裸の涼子が、秋菜の体操着のシャツを広げ、赤く縁取りされた丸首の部分を、口にくわえているところを写したものだろう。シャツの胸のところに刺繍された、『滝沢』という苗字まで、はっきりと確認できるはずだ。
 今、秋菜は、こちらに背を向けて立っている。いったい、どんな顔で、その写真を見つめているのだろうかと思う。
「次は、この写真……。問題の変態行為は、これなの……。南さんの、ま○こに食い込んでるの、もちろん、滝沢さんのシャツだよ? どうどう? どう思う? どん引きでしょう?」
 その写真には、全裸の涼子が、嬉し恥ずかしそうな表情で、秋菜の体操着のシャツを、自らの手で、恥部に深く食い込ませているところが写っているはずだ。
 秋菜の後ろ姿を見ると、写真の中の、世にも淫猥な光景を目の当たりにし、硬直しているような雰囲気が伝わってくる。
「それでね……、南さんったら、滝沢さんのシャツを使ったオナニーが、最高に気持ちよかったらしくって、エッチな汁を、たくさん垂れ流しちゃってたの。嘘じゃないよ。本当だよ。その証拠も、あたし、ちゃんと持ってきててね……」
 香織は、バッグの中に手を突っ込むと、こちらを見て、涼子の反応を観察する。やがて、がさがさと、衣類の入った透明なビニール袋を取り出した。
 滝沢秋菜の体操着のシャツだ。
 涼子は、限界以上に目を見開いていた。わなわなと唇が震え始める。
 
 香織は、ビニール袋越しに、体操着の丸首の部分を、指で撫でてみせた。
「ここの部分、がびがびになってるでしょう? ここに、何が染み込んでるのか、もう、言わなくてもわかるよね……? 南さんが、こんなに汚しちゃったものを、滝沢さんに、そのまま返すのは、ちょっと気が引けたから、あたしが預かってたんだけど、やっぱり、滝沢さんに返しておくよ……。あっ、でも、この場で、ビニールのチャックを開けるのは、やめてね。だって、あまりの激臭に、滝沢さん、絶対に悶絶しちゃうから。今、滝沢さんに倒れられても、あたしたち、困るんだよねえ」
 そう話す香織の声は、愉悦に満ちていた。
 秋菜は、無言で、自分の体操着の入ったビニール袋を受け取る。
「あと、そうだ……。南さんが、付けた汚れは、それだけじゃなくってね」
 香織は、思い出したように言い、体操着の肩口のところを指差した。
「ここを見て。なんか、黄土色っぽい線があるでしょう? これ、なんだと思う? わからないなら、この、三枚目の写真が、ヒント」
 その写真は、全裸の涼子が、後ろに顔を向けたカメラ目線で、恥部に食い込ませた秋菜の体操着のシャツを、おしり側に、思いっ切り引っ張り上げているところを写したものだろう。
 秋菜は、その写真を、穴の空くほど凝視しているふうである。
「南さんって、見た目からして、さばさばした感じがするじゃん? そういう性格が、きっと、トイレの時も、出ちゃうんだよ。なんていうか、ちょっとくらいの汚れは、気にしない、みたいな。でもさあ、滝沢さんのシャツで、こんなことするんなら、おしりは、もっと、清潔にしておいてほしかったよねえ?」
 涼子は、いっそ、この場にうずくまって、目を閉じて耳をふさぎ、外からの情報を、すべてシャットアウトしたい気分だった。
「はいっ。ついでに、この三枚の写真も、滝沢さんにあげる。南さんの、愛の証だから、受け取っておいて」
 香織は、秋菜に写真を渡すと、あざ笑うような視線を涼子に向け、それから、その場を離れた。明日香たちのほうに戻っていく。
 一方、秋菜は、体操着の入ったビニール袋と写真を手に持ったまま、身じろぎもせずに立ち尽くしていた。



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