バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
18



 香織たちは、何か策はないかと問うように、互いに視線を交わし合っている。
 涼子は、その三人を、侮蔑の眼差しで眺めた。
 もう、自分の身を縛っていた鎖は、断ち切られ、遠い彼方へと飛んでいったのだ。いい機会だから、邪魔する者の入らない、この場で、報復を始めようか。
 吉永香織。竹内明日香。石野さゆり。
 この、腐りきった女たちを、一人ずつ、順番にリンチしていく。やるとしたら、馬乗りになり、それこそ、気絶するまで、顔面に拳を叩き込んでやる。今まで、自分が、味わわされてきた恥辱の数々を思えば、それでも生温いくらいである。
 しかし、と思う。
 もし、今、涼子が、そうして暴れ回ったら、後々、滝沢秋菜が、香織たちから、八つ当たりの罰を受けるだろうことは、容易に想像がつく。いくら、秋菜には愛想が尽きたとはいえ、そこまで無責任に振る舞うのは、少々、冷たい気がする。だから、ここは、暴力の衝動を、ぐっと抑え、このまま、香織たちの横を通り過ぎるべきだろう。
 だが、涼子には、もう一人、どうしても許せない生徒がいた。
 
 香織たちとの距離が、七、八メートルほどのところで、涼子は、ぴたりと足を止めると、舞の顔を、じっと見すえた。
 目が合うと、舞は、涼子から、殺気じみたものを感じて、怖くなったのだろう、後ずさりするような素振りを見せた。
「ねえ、きみ……。きみって、『ゲスト』として、ここに来たんだったよね? 当然ながらさ、事前に、ここで、どんなことが行われるか、その、頭の中の腐った先輩から、教えてもらってたわけでしょ? で……、色々と、変なことを期待してたわけだ? あのさあ……、わたしの裸の写真、見ることができて、嬉しかった……? あっそ、おめでとう。それはそれは、よかったね。……はっきり言っておくけど、わたし、きみみたいな子、大嫌いなんだよね。もう、わたしを見るために、体育館に来るのは、やめてね。わたし、きみの顔、二度と見たくないから」
 舞の大きな目が、徐々に潤み始める。目の端に、涙が溜まってきた。ほどなくして、涙のしずくが、頬を伝った。ぎゅっとまぶたを閉じると、舞は、両手で顔を覆った。小さな体が、ひくひくする。
「ああー、一年生の子、泣かしたぁー。最低……。南さん、いくらなんでも、その、鬼みたいな言い方は、ないでしょう?」
 香織は、涼子をとがめ、舞の背中を撫でる。
 うわーん、という幼稚園児のような泣き声が、舞の口から聞こえた。
 涼子は、そんな舞を横目に見ながら、また歩き始めた。ちょっと、言い過ぎただろうか。いや、そんなことはあるまい。もし、舞が、バレー部の部員だったら、一年生とはいえ、頬を叩いているところだ。それに、舞の泣いている理由の、三分の一くらいは、香織の言うところの、涼子のセクシーショーを見られずに終わった悲しみである気がして、むしろ、不愉快な思いがする。
 
 そうして、負け犬感の漂う香織たちの横を、堂々と通り過ぎた。
 ふと、そこで、涼子は、バッグのことを思い出し、明日香のほうを振り返った。もはや、下の名前で呼ぶ道理はない。
「竹内……。わたしのバッグ、隠したりしてないでしょうね? もし、隠してんなら、今から、わたしと一緒に、上に来て、バッグを出して。そうしたほうが、あんたの身のためだよ?」
 明日香は、ふんっと、そっぽを向く。唇を尖らせている。涼子に逃げられるのが、よっぽど悔しいに違いない。
「そっか。まあ、いいけど。わたし、上に行って、すぐにバッグが見つからなかったら、また下に戻ってくる。それで、あんたの髪の毛をつかんで、上まで、引きずっていくからね」
 ただの脅しではなく、本気で、そうするつもりだった。
 明日香の返事はない。
 涼子は、鼻歌でも歌うように、何度もうなずきながら、階段へと歩いていく。
 地獄からの脱出口は、もう、目と鼻の先である。



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