バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
20



 今、香織たちは、互いに、肩を揺すったり、腹をくすぐったりしながら、悦びを露わにしていた。
 見ると、舞も、まだ目を赤くしているものの、すっかり泣き止んでおり、涼子が、この場に押し戻されたからだろう、気を取り直しているふうだった。
 香織は、歯茎まで見せるような笑い顔を、こちらに突き出すようにした。
「ミ・ナ・ミっさーん。リョ・ウ・コっちゃーん。残念だったねえ。惜しかったねえ。もうちょっとで、ここから出られるところだったのにぃ。あたしも、南さんに、帰られるんじゃないかと思って、冷や冷やしちゃったぁ。本当に、滝沢さんが、機転を利かせてくれて、あたしたちは、助かったよ。ありがとう、滝沢さん……。それに比べて、南さんは、使命を放棄しようとしたんだから、罪は重いよ。その体で、たっぷりと罰を受けてもらうからね」
 涼子は、悪夢の中にいるような心地で、香織の話を聞いていた。
 
 香織は、目を細めて、斜めに涼子を見る。
「それにしても……、南さんが、クラスメイトを見捨てて、自分だけ助かろうとするなんて、なんか幻滅しちゃうよね。バレー部のキャプテンで、責任感が、すごい強い生徒だとか、生徒会長よりも校則を守ってる優等生だとか、困ってる子を見たら、放っておけないタイプだとか、みんなから言われてたけど、あんたも、そこいらの子たちと、全然、変わらないじゃない。言っておくけど……、南さん、もう逃げられないからね。南さんと滝沢さんは……、一心同体、じゃなくて、二人三脚、じゃなくて、一期一会、じゃなくて、なんか、そういう四字熟語、あったじゃない。あの……、最後まで、運命を共にする、みたいな」
「いちれんたくしょう、って言いたいの?」
 秋菜が、頭の優秀ぶりを発揮する。
「あっ、そうそう。それ……! さすが、滝沢さんだね……。いい? 南さん、よく頭に叩き込んでおいて。南さんと滝沢さんは、一蓮托生だからね」
 香織は、釘を刺すように言う。
「……だってさ」
 秋菜は、なにか勝ち誇ったような薄笑いを浮かべて、涼子のことを横目で見る。その目は、こんなふうに語っていた。逃げられるものなら、逃げてみなさいよ。その代わり、あんたの高校生活を、破滅させてやるから……。
 涼子は、これ以上、秋菜の顔を見ていたくない気分で、顔をそらした。
 滝沢秋菜と、一蓮托生……? 冗談じゃない……!
 
 気持ちを落ち着かせよう。冷静になれ。まず、自分が助かるためには、秋菜を突き放さねばならない。それを可能にする妙案を、なんとしてでもひねり出すのだ。もし、考えるのをやめたら、そこで、自分も、秋菜と同じ運命を辿ることが決まる。
 つまり……。
 下劣極まりない加虐趣味者、三人と、さらに足立舞も見ている前で、涼子と秋菜は、着ているものを、一枚一枚、脱がされていき、やがては、無残にも、全裸をさらすことになるのだ。想像するだけで、気が変になりそうだった。
 それに、先ほどから、香織が、同性愛にまつわる発言を繰り返していることが、妙に気になる。
 全裸になった、少女二人。
 いくらなんでも、そういう類の行為を強要してくるはずはないと信じたいが、なにしろ、香織たちのことだ。ないとは言い切れない。
 
 脳裏に、涼子としては、不潔にしか感じられない情景がまたたいた。
 涼子と秋菜は、一糸まとわぬ姿で、向かい合うように立っている。お互いが、歩み寄り始めた。二人の間の距離は、もう、一メートルほどしかない。涼子は、嫌悪感に顔を歪めている。秋菜は、唇をへの字に曲げ、今にも泣き出しそうな表情だ。とうとう、そんな二人の体が密着した。乳房と乳房が、ぶつかり合い、柔らかいデザートのような質感を示して潰れる。涼子は、秋菜を抱擁した。秋菜もまた、涼子の背中に両腕を回した。それから、相手の顔を、決して見るまいと、目を固く閉じた、涼子と秋菜の唇が、ぶちゅっと重なり合う……。
 涼子は、頭を振って、その情景を追い払う。体中の毛穴から、体を動かしている時とは明らかに違う、あぶら汗が噴き出しており、肌が、より一層、べたついているのがわかった。
 日頃から、神仏に対して、多大な敬意を持っていたわけではない。だが、今は、それらの超自然的な存在に、自分の運命について問いたかった。
 まさかまさかまさか……、そんな最悪なことには、絶対になりませんよね……? 神様……。



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